と腰を下し、何か食う物は無いかと聴くと、何も食う物は無いが、焼酎に漬物位なら有るという。
「焼酎でも結構結構」と、焼酎五、六合に胡瓜《きゅうり》の漬物を出して貰い、まだ一缶残っておった牛肉の缶詰を切って、上戸《じょうご》は焼酎をグビリグビリ、下戸《げこ》は仕方がないので、牛肉ムシャムシャ、胡瓜パクパク。漬物は五、六杯お代りをすれば、もう一家中にあるだけ尽《ことごと》く平《たいら》げてしまったので、今度は生の胡瓜に塩をつけて丸噛《まるかじ》り。減腹《すきはら》に焼酎を呷《あお》った連中はフラフラして来る。吾輩も白状すれば大いに参った。
何しろ重い荷物を引担いで山道は迷う、炎天には照りつけられる、その上|昨夜《ゆうべ》の睡眠不足も手伝って、一行の足の重きこと夥《おびただ》しく、些《いささ》か意気消沈の気味にも見えるので、こんな事ではいかん、反対療法に如《し》くは無しと、その実吾輩も大いに凹垂《へこた》れているくせに、
「ここから雲巌寺まで約一里、クロスカンツリーレースを行《や》ろうではないか」と威張り出せば、誰も凹垂れたと見られるのは厭なものと見え、
「賛成賛成」と孰《いずれ》も疲れ切ったる毛脛《けずね》を叩く。
「お前様達、一里|駆《かけ》ッこをするのかね」と爺さん達は眼を円《まる》くしている。
そこで農家の爺さん達にお頼み申し、重い荷物は尽《ことごと》く駄馬に着けて、近道を黒羽《くろばね》町まで送り届けて貰う事とし、黒羽町の宿屋は△△屋というのが一等だと聴いたのでそこと取極《とりき》め、さて一行は半身裸体なるもあればシャツ一枚となるもある、内心困った事になったと思いながらも、程よく一列に並び、一、二、三の掛声で砂塵を蹴立てて一目散に駆け出した。
(一九)一里競争
先頭は誰ぞと見れば、腕力自慢の衣水《いすい》子|韋駄天《いだてん》走り、遥か遅れて髯将軍、羅漢《らかん》将軍の未醒《みせい》子と前後を争っていたが、七、八町に駆けるうちに、衣水子ははや凹垂《へこた》れてヒョロヒョロ走《ばし》り、四、五町にいた水戸中学の津川五郎子、非常なヘビーを出して遥か先頭に進み、続いて髯将軍、羅漢将軍等、髭面《ひげづら》抱えてスタコラ走って行《ゆ》く有様は、全く正気の沙汰《さた》とは思われず、田畑の農民等は何事ぞと、腰を伸ばして眼を見張っているばかり。
吾輩はいかにと
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