れ入り、その数およそ十四五人、手に手に兇刃を閃めかして、本船の船長初め七人の水夫を取りかこみ、斬って斬って斬りまくる、血は飛んで瀑布のごとく、見る間にわが水夫の四五人は斬り倒されたり、余はあまりの恐ろしさに思わず昇降口の下に首を縮込めたり。
六
帆船「ビアフラ」の甲板は、今修羅の巷なり、風は猛り波は吼え、世界を覆えす大地震に遭いしがごとき船上にて、入り乱れて闘う海賊と船員との叫び声は、さながら現世《このよ》にて地獄の声を聴くに異らず。
余はあまりの恐ろしさに、一旦甲板上に現わせし首をすっこめ、昇降口の下、梯子の中段に小さくなっていたりしが、耳を澄ませば、船員の叫び声らしきは次第々々に低くなり、狼の吼《ほ》ゆるがごとき海賊の声のみいよいよ鋭くなりゆくに、余は気が気にあらず、いわゆる恐《こわ》いもの見たさに、ふたたびそっと昇降口の蓋《おおい》を開き、星影すごき甲板上を眺むるに、ああなんたる光景ぞや、七人の船員中六人はすでに斬り倒され、生き残れるは船長一人のみ、これすら身に数カ所の重傷を負い、血に染みながら屍と屍の間を逃げまわれば、十数人の海賊は兇刃を閃めかして追いまわす、船長は泣けり叫べり、屍を取って楯となし、しばし必死と防ぎしが、多勢に無勢到底敵するあたわず、大檣《たいしょう》をまわり羅針盤の側を走り、船首より船尾に逃げ行きしが、もはや逃ぐるところどこにもあらず、後よりは兇刃すでに肉薄するに、今はたまらず、身を跳らして、逆巻く波間に飛び込まんとする一刹那、一海賊は猛虎のごとく跳《おど》りかかりヤット一声船長を斬りさげたり、船長の躰《たい》は真二つに割れ、悲鳴を揚ぐるいとまもあらず、パッタリと倒る、血は滾々《こんこん》と流れて、その辺は一面に真紅となれり、あまりの悲劇に、余は船長の倒れると同時に、思わずアッと叫びしが、ああこの声こそ、余のためには大災難の声なりき。
すでに船員の全部を屠りつくして、もはや船中には人なしと思いいたりし海賊等は、余の声を聴き痛く驚きし様子にて此方《こなた》を振り向きしが、余の姿を見出すやいなや、悪鬼のごとき眼を光らして口々に何か叫びながら、切先揃えてドヤドヤと押し寄せ来たり、サア大きなり、捕えられてはたまらぬと、余はただちに昇降口の下に首をすくめ、素早く入口の蓋を閉ざせり、その瞬間海賊等ははや入口の周囲に来り、頭上の床板踏み鳴らす足音も荒々しく狼の吼ゆるがごとく、また猿の叫ぶがごとく罵り騒ぐは、ここ開けよ開けよと云うならん、開けては一大事なり、余は両手を伸ばし、死力を出して下より蓋《おおい》を押えおる、海賊等は上よりこれを引きはなさんとす。幸いこの帆船《ほまえせん》には船底と甲板との間に、この昇降口一個あるのみなれば、ここぞ余のためにはサーモピレーの険要《けんよう》とも云うべく、この険要破れざる限りは、余の生命続かん、生命のあるかぎりは、いかでかここを破らすべきと、余は必死なり、海賊等も必死なり。海賊等は昇降口の容易に開かれざるに、怒り狂い、足をあげて蓋《おおい》を蹴たり、されど蓋《おおい》の表は滑かに、鉄の板一面に張られたれば、なかなか破るるものにあらず。
そのまにも海はますます荒れまさるようにて、帆綱にあたる風の音はピューピューと、波は次第々々に高まりて舷を打つ、かかる大荒れをも恐れず、海賊等は是非ともこの入口を開かんとするなり、やがて余の頭上にあたり、ガチンガチンと異様なる響聴《ひびきのきく》を始めしは、彼等がどこよりか鉄槌を提《ひっさ》げ来り、一気に入口を打ち砕かんとするなるべし、蓋《おおい》を握れる余の手は、その響を受けて非常なる痛みを覚え、鉄槌の下る事七八|度《たび》目《め》にして、余は遂にたええずその手を放てり、たちまち見る入口の一方は砕けたり、仰げば悪鬼のごとき海賊の顔見ゆ、たちまち二三人はその破れ目に手を掛け、嘲笑うがごとき奇声を放って蓋《おおい》を引起せば、蓋《おおい》はギーと鳴って開くこと五寸! 一尺! 一尺五寸、剣《つるぎ》を逆手に握れる海賊の一人は、眼を怒らして余を目懸けて飛び込まんとす、もはや絶対絶命なり、余は思わず呀《あっ》と叫んで船底に逃げ込まんとせしが、その途端! 天地も崩るるがごとき音して、船はたちまち天空に舞い上り、たちまち奈落に沈むがごとく、それと同時に、余は梯子の中段より真逆様に船底に落ち込み、失敗《しまっ》たと叫びしまでは記憶すれど、その後は前後正体もなくなったり。
七
気絶せる間は眠れると同じくまた死せると同じく。時刻のたつを知らず、それより一時間過ぎしか一日過ぎしか、それとも一週間以上過ぎしやを覚えねど、余は夢ともなく現ともなく、ふとしたたかに余の頭を打つ者あるように感じて眼を開けば、余はなお生きてあるなり、心
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