たりし船燈を取って倉庫中を捜しまわるに、衣類とては一枚もあらざれど、片隅には燈油箱などと相列んで、数十枚の毛布積み重ねてありたれば、試みに手を触るるに、ここには海水打ちこみ来らざれば濡れてはおらず、天の与えと打喜《うちよろこ》び、ただちに三枚の毛布を重ねて衣服の上にかぶり、ようやく少しく寒気をしのぎたり。
しかるにフト心づけば、余の手に提げたる船燈は、もはや油尽きしものか、青き光ゆらゆらと昇って今にも消えんばかり、この船燈こそ船中に残る唯一の光にて、マッチのごときはことごとく湿りたりと覚えたれば、この火を消しては一大事と、余はあわて狼狽《ふた》めき、慄《ふる》う手に側の燈油を注ぎ入れて、辛くも火を消さずに済みたり、この火消えなば、余は実に暗中に煩悶して、暗中に死すべかりしなり。
火は以前より多少明るくなれり、されど火明るくなりしとて、余に希望の光《ひかり》微見《ほのみ》えしにあらず、余は刻一刻死の場所に近づきつつあるなり、船は瞬間も休まず地球の果に向って走りつつあるなり、ああこの船の行着く先はいずくぞ、今は真珠の多く取れると云う絶島に流れ寄らんなどとは思いもよらず、地球の果には一大氷山ありと云う、その氷山こそが余の最期の場所ならん。
およそ二三十分して余はまた寒気にたえずなれり、今までの着物にてはとてもしのぶあたわず、余はその上にさらに数枚の毛布を重ねたり、毛布を重ねつつ耳を澄ませば、あら不思議! いままでは舷を敲くものはただ波の音のみなりしが、二三分以前より打ち寄する波とともに、たえずゴトンゴトンと舷にあたるものあり、難船の破片か怪獣か、なんにしても訝《いぶか》しき事よと、余は恐くはあれど再び甲板に出でて見れば、天地は依然として昼とも夜とも分らぬ光景なり、余は吹き来る暴風に吹飛ばされてはたまらず、また打上ぐる波に呑去られてはたまらずと、海賊の巨魁《きょかい》が身を縛して死しいる大檣にシカと縋付《すがりつ》いて眺むるに、暗憺《あんたん》な海上には海坊主のごとく漂える幾多の怪物見ゆ眼を定めて見れば、怪物と見えしは、これ小舟のごとき多くの氷塊なり、この氷塊の流れおるを見ても、船のすでに南氷洋の奥深く来りし事を知るに足らん、大氷山ははやまぢかなり、地球の果ははやまぢかなり、余はいかにもしてそこに到らぬ前に船を停めんと苦心焦慮せり。オオこの風! この風! この風を孕《
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