知己は日夜憂慮しつつあるが、ここに最も哀れなるは、氏の愛子|月子《つきこ》嬢の身の上にして、幼にして母を失いたる嬢は、ただ天にも地にも博士一人を力としいたりしに計らずも今回の不幸に際し、悲歎やる方なく、日は日もすがら、夜は夜もすがら父の身を配慮《きづか》いて泣き明かせるほどにて、そのあまり花をも欺く麗容もあたら夜半の嵐に散り失せぬべきほどの容体となりぬ。その様を黙視するに忍びず、一身を賭して博士の生死を探らんその報酬として運よく探りあてたる方へは、嬢の一身を托せらるべしと嬢に申込みたる二人の青年紳士あり。その一人は秋山男爵にして、一人は博士の遠縁に当る雲井文彦という青年紳士なるが、いずれも博士が、まだ出発せざる以前より深くも嬢に心をよせ己《おの》が胸中のありたけを打ち明けしも、嬢は二人の情に絆《ほだ》されていずれとも答えかねしが、今二人のこの申込に対し、親を思うに厚き嬢は遂にその言を容れたり。されば二人はいよいよ死を決して、嬢が悲を除き、日頃の思を遂げんと、いよいよ今日正十二時を期し、日比谷公園より、各自の飛行船に乗じて出発の途につくべしと。云々《うんぬん》と……………」
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