いお方だそうでおざりまするで、どうぞ貴方のお身に万一の事がなければよろしいがと老爺《おやじ》はそればかりを案じておりまする。」
「そんな心配はない。先方《むこう》も爵位を持っているほどの人物だから……」
と話しあっている中に文彦は雲の間から何やら認めて、
「おや、」
と早速双眼鏡を取り出して見たが、
「月だ!……月だ!」
「え? 月でございますか。」
「そうだ。難有い。もう数時間の後には着けるぞ。」
「左様でござりますか、どうぞ篠山の大旦那様がお無事でお出で下さればよろしゅうござりますが。」
という程なく飛行船の速度は次第に増して、月へ月へと吸い付けられるようにと下降し初める。文彦は、
「ブレーキを悉皆《しっかい》かけてくれ。」
と東助に命じて、自分は注意して電圧器を加減しながら、一心に梶を取っている。
 やがて船は次第に間近くなって、二人は無事に月界の上に下り立った。
「若旦那様これが月の世界というでござりますか。」
「そうだ。」
「それじゃいよいよ篠山のお旦那様もここにいらっしゃるでがすね、もしあの秋山様に探し出されねえ中に少しも早く……」
「そうお前のように急々《せかせか》したって仕方がないじゃないか、それよりも第一にどこか適当の場所を探して一まず落着く場所を拵えなければならん。」
「成程。それも御|道理《もっとも》でがす。」
と再び二人は飛行船に乗じて、今度は地と擦れ擦れに進みながら、そこここと見下すとある山の麓にこんもりとした林があってその間に一筋の小川が流れている。
「あそこがよかろう。」
とそこに飛行船を降し、その中から予《かね》て用意の天幕を取り出し、力を合せてその森のほとりに建て、飛行船を解剖して小さく畳んでその中に入れて、これで一まず仕度は整うた。

    月宮号の惨状

 雲井文彦と従者の東助は各自ライフル銃を肩にして篠山博士を捜索に出かけた。
 野を越え山を越え処々方々を探し求めたが、更に手懸りがない。五日となり一週間となってもまだ一向に方角が判らぬ。
 二人ながら落胆《がっかり》して、とある木蔭に腰を卸《おろ》して、
「どうしたんだろう。それとも途中で方角を取り違えて他の星へ行かれたのではないかしら。」
「左様でござります。場合によりましてはそんな事でもありましたかも知れましねえ。しかし折角ここまで来たものでござりますれば、今少し辛抱して
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