下げ終わり]
と、このような小説的の記事を読んで、満都の人々は非常な好奇心と同情を持って、今日の二勇士の首途《かどで》を見んと、四方から雪崩《なだれ》のごとく押しよせて、すでにその日の九時頃には、さしもに広き公園も、これらの人々を持って埋まって終《しま》った。
十一時頃に至って、秋山男爵と、雲井文彦は各従者一名を従え馬車を駆って、徐々《しずしず》と入り来った。
一通り自分の飛行船の各部を詳細に検査して、見送りの人々に一礼してその中に這入って、静かに号砲の鳴るのを待ち構えている。
観衆はいずれも息を潜めて瞻視《みつめ》ている。
やがて時計の長短針が一つになって十二時を指すと、音楽堂の上から一発の砲声が轟《とどろ》いた。と思うと大鷲《おおわし》のごとく両翼を拡げた飛行船は徐々に上昇し初める。
「万歳※[#疑問符一つ感嘆符二つ、41−上−15]」
「秋山男爵の成功を祝す。」
「雲井文彦君万歳※[#感嘆符三つ、41−上−17]」
と一時に破れるばかりの拍手と万歳の声が起って、いずれも帽を投げ、手布《ハンケチ》を振ってその首途を祝した。
飛行船は始めその両翼を静かに動かしながら徐々に上昇しつつあったが、次第にその速力を早めて来た、秋山男爵は東の方へ、雲井文彦は西の方へと針路を取って進んで行く。
刻一刻地上の者は次第に小くなって遂には、一番高い山の頂さえ見えなくなって終った後は、四面ただ漠々として、いずれを見てもただ雲ばかり、両方の飛行船すら如何なる距離を以て進んでいるやら、形も姿も見えない。
ただ雲の間を潜って、舳《へさき》に据えた羅針盤を頼りに、どこをそれという的《あて》もなく昇って行くのである。
月界の到着
雲井文彦の飛行船は、地球を出発してからもう一週間になる。しかしまだ月らしい影も見えない。毎日毎日見る物は相も変らず、真白な雲ばかり、従者の東助はそろそろ心配し始めて、
「若旦那様、今日でもう一週間になりますがまだ何も見えませんのは、もしや方角でも取り違えたのじゃありありましねえか。」
「そんな事はあるまい。確かにこの方角に向って行きさえすれば決して間違うはずはない。」
「それにしても秋山様はどうなさりましただか是非この勝負には若旦那様をお勝たせ申しましねえでは、私の気が済みましねえ。それに第一あの秋山様は世間の噂では、随分|性質《たち》の悪
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