よざむ》の風《かぜ》の身《み》に染《し》むやうに覺《おぼ》えたので、遂《つひ》に甲板《かんぱん》を降《くだ》つた。
夫人《ふじん》と少年《せうねん》とを其《その》船室《キヤビン》に送《おく》つて、明朝《めうてう》を契《ちぎ》つて自分《じぶん》の船室《へや》に歸《かへ》つた時《とき》、八點鐘《はつてんしよう》の號鐘《がうしよう》はいと澄渡《すみわた》つて甲板《かんぱん》に聽《きこ》えた。
『おや、もう十二|時《じ》!』と私《わたくし》は獨語《どくご》した。既《すで》に夜《よる》深《ふか》く、加《くわ》ふるに當夜《このよ》は浪《なみ》穩《おだやか》にして、船《ふね》に些《いさゝか》の動搖《ゆるぎ》もなければ、船客《せんきやく》の多數《おほかた》は既《すで》に安《やす》き夢《ゆめ》に入《い》つたのであらう、たゞ蒸※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]機關《じようききくわん》の響《ひゞき》のかまびすしきと、折々《をり/\》當番《たうばん》の船員《せんゐん》が靴音《くつおと》高《たか》く甲板《かんぱん》に往來《わうらい》するのが聽《きこ》ゆるのみである。
私《わたくし》は衣服《ゐふく》を
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