したとも、そして今頃《いまごろ》は、あの保姆《ばあや》や、番頭《ばんとう》のスミス[#「スミス」に傍線]さんなんかに、お前《まへ》が温順《おとな》しくお船《ふね》に乘《の》つて居《を》る事《こと》を話《はな》していらつしやるでせう。』と言葉《ことば》やさしく愛兒《あいじ》の房々《ふさ/″\》せる頭髮《かみのけ》に玉《たま》のやうなる頬《ほゝ》をすり寄《よ》せて、餘念《よねん》もなく物語《ものがた》る、これが夫人《ふじん》の爲《た》めには、唯一《ゆいいつ》の慰《なぐさみ》であらう。かゝる優《やさ》しき振舞《ふるまひ》を妨《さまた》ぐるは、心《こゝろ》なき業《わざ》と思《おも》つたから、私《わたくし》は態《わざ》と其處《そこ》へは行《ゆ》かず、少《すこ》し離《はな》れてたゞ一人《ひとり》安樂倚子《アームチエヤー》の上《うへ》へ身《み》を横《よこた》へて、四方《よも》の風景《けしき》を見渡《みわた》すと、今宵《こよひ》は月《つき》明《あきら》かなれば、さしもに廣《ひろ》きネープルス[#「ネープルス」に二重傍線]灣《わん》も眼界《がんかい》到《いた》らぬ隈《くま》はなく、おぼろ/\に見《み》ゆ
前へ 次へ
全603ページ中61ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
押川 春浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング