ものはない、然《しか》し主人《しゆじん》の濱島《はまじま》は東洋《とうやう》の豪傑《がうけつ》風《ふう》で、泣《な》く事《こと》などは大厭《だいきらひ》の性質《たち》であるから一同《いちどう》は其《その》心《こゝろ》を酌《く》んで、表面《うはべ》に涙《なみだ》を流《なが》す者《もの》などは一人《ひとり》も無《な》かつた。イヤ、茲《こゝ》に只《たゞ》一人《いちにん》特別《とくべつ》に私《わたくし》の眼《め》に止《とゞま》つた者《もの》があつた。それは席《せき》の末座《まつざ》に列《つらな》つて居《を》つた一個《ひとり》の年老《としをい》たる伊太利《イタリー》の婦人《ふじん》で、此《この》女《をんな》は日出雄少年《ひでをせうねん》の保姆《うば》にと、久《ひさ》しき以前《いぜん》に、遠《とほ》き田舍《ゐなか》から雇入《やとひい》れた女《をんな》の相《さう》で、背《せ》の低《ひく》い、白髮《しらがあたま》の、極《ご》く正直《しやうじき》相《さう》な老女《らうぢよ》であるが、前《さき》の程《ほど》より愁然《しゆうぜん》と頭《かうべ》を埀《た》れて、丁度《ちやうど》死出《しで》の旅路《たびぢ》に行
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