が大好《だいす》きなんですよ、日本《につぽん》へ皈《かへ》りたくつてなりませんの[#「なりませんの」は底本では「なりせまんの」]、でねえ、毎日《まいにち》/\日《ひ》の丸《まる》の旗《はた》を立《た》てゝ、街《まち》で[#「街《まち》で」は底本では「街《まち》て」]戰爭事《いくさごつこ》をしますの、爾《そ》してねえ、日《ひ》の丸《まる》の旗《はた》は強《つよ》いのですよ、何時《いつ》でも勝《か》つてばつかり居《ゐ》ますの。』
『おゝ、左樣《さう》でせうとも/\。』と私《わたくし》は餘《あま》りの可愛《かあい》さに少年《せうねん》を頭上《づじやう》高《たか》く差《さ》し上《あ》げて、大日本帝國《だいにつぽんていこく》萬歳《ばんざい》と※[#「口+斗」、8−11]《さけ》ぶと、少年《せうねん》も私《わたくし》の頭《つむり》の上《うへ》で萬歳々々《ばんざい/″\》と小躍《こをどり》をする。濱島《はまじま》は浩然《かうぜん》大笑《たいせう》した、春枝夫人《はるえふじん》は眼《め》を細《ほそ》うして
『あら、日出雄《ひでを》は、ま、どんなに※[#「りっしんべん+喜」、第4水準2−12−73]《うれ》しいんでせう。』と言《い》つて、紅《くれない》のハンカチーフに笑顏《えかほ》を蔽《お》ふた。

    第二回 魔《ま》の日《ひ》魔《ま》の刻《こく》
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送別會――老女|亞尼《アンニー》――ウルピノ[#「ウルピノ」に二重傍線]山の聖人――十月の祟の日――黄金と眞珠――月夜の出港
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 それから談話《はなし》にはまた一段《いちだん》の花《はな》が咲《さ》いて、日永《ひなが》の五|月《ぐわつ》の空《そら》もいつか夕陽《ゆうひ》が斜《なゝめ》に射《さ》すやうにあつたので、私《わたくし》は一先《ひとま》づ暇乞《いとまごひ》せんと折《をり》を見《み》て『いづれ今夜《こんや》弦月丸《げんげつまる》にて――。』と立《た》ちかけると、濱島《はまじま》は周章《あはて》て押止《おしとゞ》め
『ま、ま、お待《ま》ちなさい、お待《ま》ちなさい、今《いま》から旅亭《やどや》へ皈《かへ》つたとて何《なに》になります。久《ひさし》ぶりの面會《めんくわい》なるを今日《けふ》は足《た》る程《ほど》語《かた》つて今夜《こんや》の御出發《ごしゆつぱつ》も是非《ぜひ》に私《わたくし》の家《いへ》より。』と夫人《ふじん》とも/″\切《せつ》に勸《すゝ》めるので、元來《ぐわんらい》無遠慮勝《ぶゑんりよがち》の私《わたくし》は、然《さ》らば御意《ぎよゐ》の儘《まゝ》にと、旅亭《やどや》の手荷物《てにもつ》は當家《たうけ》の馬丁《べつとう》を取《と》りに使《つか》はし、此處《こゝ》から三人《みたり》打揃《うちそろ》つて出發《しゆつぱつ》する事《こと》になつた。
いろ/\の厚《あつ》き待遇《もてなし》を受《う》けた後《のち》、夜《よる》の八|時《じ》頃《ごろ》になると、當家《たうけ》の番頭《ばんとう》手代《てだい》をはじめ下婢《かひ》下僕《げぼく》に至《いた》るまで、一同《いちどう》が集《あつま》つて送別《そうべつ》の催《もようし》をする相《さう》で、私《わたくし》も招《まね》かれて其《その》席《せき》へ連《つら》なつた。春枝夫人《はるえふじん》は世《よ》にすぐれて慈愛《じひ》に富《と》める人《ひと》、日出雄少年《ひでをせうねん》は彼等《かれら》の間《あひだ》に此上《こよ》なく愛《めで》重《おもん》せられて居《を》つたので、誰《たれ》とて袂別《わかれ》を惜《をし》まぬものはない、然《しか》し主人《しゆじん》の濱島《はまじま》は東洋《とうやう》の豪傑《がうけつ》風《ふう》で、泣《な》く事《こと》などは大厭《だいきらひ》の性質《たち》であるから一同《いちどう》は其《その》心《こゝろ》を酌《く》んで、表面《うはべ》に涙《なみだ》を流《なが》す者《もの》などは一人《ひとり》も無《な》かつた。イヤ、茲《こゝ》に只《たゞ》一人《いちにん》特別《とくべつ》に私《わたくし》の眼《め》に止《とゞま》つた者《もの》があつた。それは席《せき》の末座《まつざ》に列《つらな》つて居《を》つた一個《ひとり》の年老《としをい》たる伊太利《イタリー》の婦人《ふじん》で、此《この》女《をんな》は日出雄少年《ひでをせうねん》の保姆《うば》にと、久《ひさ》しき以前《いぜん》に、遠《とほ》き田舍《ゐなか》から雇入《やとひい》れた女《をんな》の相《さう》で、背《せ》の低《ひく》い、白髮《しらがあたま》の、極《ご》く正直《しやうじき》相《さう》な老女《らうぢよ》であるが、前《さき》の程《ほど》より愁然《しゆうぜん》と頭《かうべ》を埀《た》れて、丁度《ちやうど》死出《しで》の旅路《たびぢ》に行
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