するのである。更《さら》に想《おも》ひめぐらすと此度《このたび》の事件《こと》は、何《なに》から何《なに》まで小説《せうせつ》のやうだ。海外《かいぐわい》萬里《ばんり》の地《ち》で、ふとした事《こと》から昔馴染《むかしなじみ》の朋友《ともだち》に出逢《であ》つた事《こと》、それから私《わたくし》は此《この》港《みなと》へ來《き》た時《とき》は、恰《あだか》も彼《かれ》の夫人《ふじん》と令息《れいそく》とが此處《こゝ》を出發《しゆつぱつ》しやうといふ時《とき》で、申合《まうしあは》せたでもなく、同《おな》じ時《とき》に、同《おな》じ船《ふね》に乘《の》つて、之《これ》から數《すう》ヶ|月《げつ》の航海《かうかい》を倶《とも》にするやうな運命《うんめい》に立到《たちいた》つたのは、實《じつ》に濱島《はまじま》の云《い》ふが如《ごと》く、之《これ》が不思議《ふしぎ》なる天《てん》の紹介《ひきあはせ》とでもいふものであらう、斯《か》う思《おも》つて、暫時《しばし》或《ある》想像《さうざう》に耽《ふけ》つて居《ゐ》る時《とき》、忽《たちま》ち部室《へや》の戸《と》を靜《しづ》かに開《ひら》いて入《いり》來《きた》つた二個《ふたり》の人《ひと》がある。言《い》ふ迄《まで》もない、夫人《ふじん》と其《その》愛兒《あいじ》だ。濱島《はまじま》は立《た》つて
『これが私《わたくし》の妻《つま》春枝《はるえ》。』と私《わたくし》に紹介《ひきあは》せ、更《さら》に夫人《ふじん》に向《むか》つて、私《わたくし》と彼《かれ》とが昔《むかし》おなじ學《まな》びの友《とも》であつた事《こと》、私《わたくし》が今回《こんくわい》の旅行《りよかう》の次第《しだい》、また之《これ》から日本《につぽん》まで夫人等《ふじんら》と航海《かうかい》を共《とも》にするやうになつた不思議《ふしぎ》の縁《ゆかり》を言葉《ことば》短《みじか》に語《かた》ると、夫人《ふじん》は『おや。』と言《い》つたまゝいと懷《なつ》かし氣《げ》に進《すゝ》み寄《よ》る。年《とし》の頃《ころ》廿六七、眉《まゆ》の麗《うる》はしい口元《くちもと》の優《やさ》しい丁度《ちやうど》天女《てんによ》の樣《やう》な美人《びじん》、私《わたくし》は一目《ひとめ》見《み》て、此《この》夫人《ふじん》は其《その》容姿《すがた》の如《ごと》く、心《こゝろ》も美《うる》はしく、世《よ》にも高貴《けだか》き婦人《ふじん》と思《おも》つた。
一通《ひとゝほ》りの挨拶《あいさつ》終《をは》つて後《のち》、夫人《ふじん》は愛兒《あいじ》を麾《さしまね》くと、招《まね》かれて臆《をく》する色《いろ》もなく私《わたくし》の膝許《ひざもと》近《ちか》く進《すゝ》み寄《よ》つた少年《せうねん》、年齡《とし》は八|歳《さい》、名《な》は日出雄《ひでを》と呼《よ》ぶ由《よし》、清楚《さつぱり》とした水兵《すいへい》風《ふう》の洋服《ようふく》姿《すがた》で、髮《かみ》の房々《ふさ/″\》とした、色《いろ》のくつきり[#「くつきり」に傍点]と白《しろ》い、口元《くちもと》は父君《ちゝぎみ》の凛々《りゝ》しきに似《に》、眼元《めもと》は母君《はゝぎみ》の清《すゞ》しきを其儘《そのまゝ》に、見《み》るから可憐《かれん》の少年《せうねん》。私《わたくし》は端《はし》なくも、昨夜《ゆふべ》ローマ[#「ローマ」に二重傍線]府《ふ》からの※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]車《きしや》の中《なか》で讀《よ》んだ『小公子《リツトルロー、トフオントルローイ》』といふ小説《せうせつ》中《ちう》の、あの愛《あい》らしい/\小主人公《せうしゆじんこう》を聯想《れんさう》した。
日出雄少年《ひでをせうねん》は海外《かいぐわい》萬里《ばんり》の地《ち》に生《うま》れて、父母《ちゝはゝ》の外《ほか》には本國人《ほんこくじん》を見《み》る事《こと》も稀《まれ》なる事《こと》とて、幼《いとけな》き心《こゝろ》にも懷《なつ》かしとか、※[#「りっしんべん+喜」、第4水準2−12−73]《うれ》しとか思《おも》つたのであらう、其《その》清《すゞ》しい眼《め》で、しげ/\と私《わたくし》の顏《かほ》を見上《みあ》げて居《を》つたが
『おや、叔父《おぢ》さんは日本人《につぽんじん》!。』と言《い》つた。
『私《わたくし》は日本人《につぽんじん》ですよ、日出雄《ひでを》さんと同《おな》じお國《くに》の人《ひと》ですよ。』と私《わたくし》は抱《いだ》き寄《よ》せて
『日出雄《ひでを》さんは日本人《につぽんじん》が好《す》きなの、日本《につぽん》のお國《くに》を愛《あい》しますか。』と問《と》ふと少年《せうねん》は元氣《げんき》よく
『あ、私《わたくし》は日本《につぽん》
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