《かくご》の前《まへ》です。』と私《わたくし》は答《こた》へて
『たゞ無用《むよう》なる吾等《われら》が、徒《いたづ》らに貴下等《きから》を煩《わずら》はすのを憂《うれ》ふるのみです。』と語《かた》ると、大佐《たいさ》は急《いそ》ぎ其《その》言《げん》を遮《さへぎ》り
『いや/\、私《わたくし》は却《かへつ》て、天外《てんぐわい》※[#「一/力」、164−6]里《ばんり》の此樣《こん》な島《しま》から、何時《いつ》までも、君等《きみら》に故郷《こきよう》の空《そら》を望《のぞ》ませる事《こと》を情《なさけ》なく感《かん》ずるのです。』と嘆息《たんそく》しつゝ
『あゝ、此樣《こん》な時《とき》に、せめて浪《なみ》の江丸《えまる》が無難《ぶなん》であつたらば。』と武村兵曹《たけむらへいそう》の顏《かほ》を見《み》た。
浪《なみ》の江丸《えまる》とは、例《れい》の反古《はご》新聞《しんぶん》に記《しる》されて居《を》つた名《な》で、はじめ、大佐《たいさ》の一行《いつかう》を此《この》島《しま》へ搭《の》せて來《き》た一大《いちだい》帆前船《ほまへせん》、あゝ、あの船《ふね》も、今《いま》は何《なに》かの理由《りいう》で、此《この》海岸《かいがん》にあらずなつたかと、私《わたくし》は窓《まど》の硝子越《がらすご》しに海面《かいめん》を眺《なが》めると、星影《ほしかげ》淡《あわ》き波上《はじやう》には、一二|艘《そう》淋《さび》し氣《げ》に泛《うか》んで居《を》る小端艇《せうたんてい》の他《ほか》には、此《この》大海原《おほうなばら》を渡《わた》るとも見《み》ゆべき一艘《いつそう》の船《ふね》もなかつた。
武村兵曹《たけむらへいそう》は腕《うで》を組《く》んで
『さあ、斯《か》うなると惜《を》しい事《こと》をした。浪《なみ》の江丸《えまる》さへ無事《ぶじ》であつたら、私《わたくし》が巧《うま》く舵《かぢ》をとつて、直《す》ぐに日本《につぽん》まで送《おく》つてあげるのだが、此前《このまへ》の大嵐《おほあらし》の晩《ばん》に、とうとう磯《いそ》に打上《うちあ》げられて、めちや/\になつて仕舞《しま》つたから、今更《いまさら》何《なん》といふても仕方《しかた》が無《な》い。』と言《い》ひつゝ少年《せうねん》に向《むか》ひ
『だが、此《この》島《しま》も仲々《なか/\》面白《おもしろ》いよ、魚《さかな》も澤山《たんと》釣《つ》れるし、獅子狩《ししがり》も出來《でき》るし、今《いま》に皈《かへ》りたく無《な》くなるよ。』
大佐《たいさ》は苦笑《くせう》しながら
『誰《たれ》が、此樣《こん》な離《はな》れ島《じま》に永住《えいぢゆう》を望《のぞ》むものか。』とばかり、私《わたくし》に向《むか》ひ
『然《しか》し、何事《なにごと》も天命《てんめい》です。けれど君《きみ》よ、决《けつ》して絶望《ぜつぼう》し玉《たま》ふな。吾等《われら》は何時《いつ》か、非常《ひじやう》の幸福《かうふく》を得《え》て、再《ふたゝ》び芙蓉《ふよう》の峯《みね》を望《のぞ》む事《こと》が出來《でき》ませう――イヤ確信《くわくしん》します、今《いま》より三年《さんねん》の後《のち》は屹度《きつと》其時《そのとき》です。』と言放《いひはな》つて、英風《えいふう》颯々《さつ/\》、逆浪《げきらう》岩《いわ》に碎《くだ》くる海邊《かいへん》の、唯《と》ある方角《ほうがく》を眺《なが》めた。

    第十四回 海底《かいてい》の造船所《ざうせんじよ》
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大佐の後姿がチラリと見えた――獅子狩は眞平御免だ――猛犬稻妻秘密の話――屏風岩――物凄い跫音――鐵門の文字
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 其《その》翌朝《よくてう》日出雄少年《ひでをせうねん》と私《わたくし》とが目醒《めざ》めたのは八|時《じ》※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、166−10]《すぎ》で櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》は、武村兵曹《たけむらへいそう》をはじめ一隊《いつたい》の水兵《すいへい》を引卒《ひきつ》れて、何處《いづこ》へか出去《いでさ》つた後《あと》であつた。朝餉《あさげ》を運《はこ》んで來《き》た料理方《れうりかた》の水兵《すいへい》は、大佐《たいさ》が外出《ぐわいしゆつ》の時《とき》の言傳《ことづて》だとて、左《さ》の如《ごと》く語《かた》つた。
『大佐《たいさ》は、今朝《けさ》も定《さだま》れる職務《しよくむ》に參《まゐ》るが、昨夜《さくや》は取紛《とりまぎ》れて語《かた》らず、今朝《こんてう》は猶《な》ほ御睡眠中《ごすいみんちう》なれば、此《この》水兵《すいへい》を以《もつ》て申上《もうしあ》げるが、此《この》住家《すみか》の十|町《ちやう》以内《いない》なれば、
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