何處《いづく》へ行《ゆ》かるゝも御自由《ごじいう》なれど、其《その》以外《いぐわい》は、猛獸《まうじう》毒蛇等《どくじやとう》の危害《きがい》極《きわ》めて多《おほ》ければ、决《けつ》して足踏《あしぶ》みし玉《たま》ふな、大佐《たいさ》は夕刻《ゆふこく》に皈《かへ》つて、再《ふたゝ》び御目《おめ》にかゝる可《べ》し。』との注意《ちうゐ》。私《わたくし》も少年《せうねん》も、今猶《いまな》ほ十|數日《すうにち》以來《いらい》の疲勞《つかれ》を感《かん》じて居《を》るので、其樣《そんな》に高歩《たかある》きする氣遣《きづかひ》はないが、まして此《この》注意《ちうゐ》があつたので、一層《いつそう》心《こゝろ》を配《くば》り、食後《しよくご》は、日記《につき》を書《か》いたり、少年《せうねん》と二人《ふたり》で、海岸《かいがん》の岩《いわ》の上《うへ》から果《はて》しなき大海原《おほうなばら》を眺《なが》めたり、家《いへ》の後《うしろ》の椰子林《やしばやし》で、無暗《むやみ》に美《うるは》しき果實《くわじつ》を叩《たゝ》き落《おと》したり、または家《いへ》に殘《のこ》つて居《を》つた水兵《すいへい》に案内《あんない》されて、荒磯《あらいそ》のほとりで、海鼈《うみがめ》を釣《つ》つたりして、一日《いちにち》を暮《くら》してしまつた。
夕日《ゆふひ》の沈《しづ》む頃《ころ》、櫻木大佐《さくらぎたいさ》も武村兵曹《たけむらへいそう》も、痛《いた》く疲《つか》れて皈《かへ》つて來《き》たが、終日《しうじつ》延氣《のんき》に遊《あそ》んだ吾等《われら》兩人《りやうにん》の顏《かほ》の、昨日《きのふ》よりは餘程《よほど》勝《すぐ》れて見《み》へるとて、大笑《おほわら》ひであつた。此《この》夜《よ》も夜更《よふけ》まで色々《いろ/\》の快談《くわいだん》。
翌朝《よくあさ》、私《わたくし》はまだ大佐《たいさ》の外出《ぐわいしゆつ》前《まへ》だらうと思《おも》つて、寢床《ねどこ》を離《はな》れたのは六時《ろくじ》頃《ごろ》であつたが、矢張《やはり》大佐等《たいさら》は、今少《いますこ》し前《まへ》に家《いへ》を出《で》たといふ後《のち》、また※[#「抜」の「友」に代えて「ノ/友」、168−6]《ぬ》かつたりと、少年《せうねん》と二人《ふたり》で、二階《にかい》の窓《まど》に倚《よ》つて眺《なが》めると、此時《このとき》、朝霧《あさぎり》霽《は》るゝ海岸《かいがん》の景色《けしき》。此《この》家《いへ》を去《さ》る事《こと》十|數町《すうちやう》の彼方《かなた》に、一帶《いつたい》の灣《わん》がある、逆浪《げきらう》白《しろ》く岩《いわ》に激《げき》して居《を》るが、其《その》灣中《わんちう》、岩《いわ》と岩《いわ》とが丁度《ちやうど》屏風《びやうぶ》のやうに立廻《たてまわ》して、自然《しぜん》に坩※[#「堝」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、168−9]《るつぼ》の形《かたち》をなして居《を》る處《ところ》、其處《そこ》に大佐《たいさ》の後姿《うしろすがた》がチラリと見《み》えた。
『あら、海軍《かいぐん》の叔父《おぢ》さんは、あの岩《いわ》の後《うしろ》へ隱《かく》れておしまいになつてよ。』と、日出雄少年《ひでをせうねん》は審《いぶ》かし氣《げ》に私《わたくし》を瞻《なが》めた。私《わたくし》は默然《もくねん》として、猶《なほ》も其處《そこ》を見詰《みつ》めて居《を》ると、暫時《しばらく》して其《その》不思議《ふしぎ》なる岩陰《いわかげ》から、昨日《きのふ》も一昨日《おとゝひ》も聽《き》いた、鐵《てつ》の響《ひゞき》が起《おこ》つて來《き》た。
午前《ごぜん》十|時《じ》※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、169−3]《すぎ》になると、武村兵曹《たけむらへいそう》丈《だ》け一人《ひとり》ヒヨツコリと皈《かへ》つて來《き》て
『サア、之《これ》から獅子狩《しゝがり》だ/\。』と勇《いさみ》勸《すゝ》めるのを、私《わたくし》は漸《やうやく》の事《こと》で押止《おしと》めたが、然《しか》らば此《この》島《しま》の御案内《ごあんない》をといふので、それから、山《やま》だの、河《かは》だの、谷《たに》の底《そこ》だの、深林《しんりん》の中《なか》だの、岩石《がんせき》が劍《つるぎ》のやうに削立《つゝた》つて居《を》る荒磯《あらいそ》の邊《へん》だのを、兵曹《へいそう》の元氣《げんき》に任《まか》せて引廻《ひきま》はされたので、酷《ひど》く疲《つか》れてしまつた。此《この》遊歩《いうほ》の間《あひだ》、武村兵曹《たけむらへいそう》の命《めい》ずる儘《まゝ》に、始終《しじゆう》吾等《われら》の前《まへ》になり、後《うしろ》になつて、豫《あらかじ》め猛獸
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