《ごちさう》で、今《いま》の私《わたくし》の身《み》には、世界《せかい》第一《だいいち》のホテルで、世界《せかい》第一《だいいち》の珍味《ちんみ》を供《きよう》せられたよりも百倍《ひやくばい》も※[#「りっしんべん+喜」、第4水準2−12−73]《うれ》しく感《かん》じた。晩餐後《ばんさんご》、喫茶《きつちや》がはじまると、櫻木大佐《さくらぎたいさ》をはじめ同席《どうせき》の水兵等《すいへいら》は、ひとしく口《くち》を揃《そろ》へて『御身《おんみ》が此《この》島《しま》へ漂着《へうちやく》の次第《しだい》を悉《くわ》しく物語《ものがた》り玉《たま》へ。』といふので、私《わたくし》は珈琲《カフヒー》を一口《ひとくち》飮《の》んで、徐《おもむ》ろに語《かた》り出《だ》した。
先《ま》づ、私《わたくし》が世界《せかい》漫遊《まんゆう》の目的《もくてき》で、横濱《よこはま》の港《みなと》を出港《ふなで》した事《こと》から、はじめ米國《ベイこく》に渡《わた》り、それより歐羅巴《エウロツパ》諸國《しよこく》を遍歴《へんれき》した次第《しだい》。伊太利《イタリー》の國《くに》子ープルス[#「子ープルス」に二重傍線]港《かう》で、圖《はか》らずも昔《むかし》の學友《がくいう》、今《いま》は海外《かいぐわい》貿易商會《ぼうえきしやうくわい》の主人《しゆじん》として、巨萬《きよまん》の富《とみ》を重《かさ》ねて居《を》る濱島武文《はまじまたけぶみ》に邂逅《めぐりあ》ひ、其處《そこ》で、彼《かれ》が妻《つま》なる春枝夫人《はるえふじん》と其《その》愛兒《あいじ》日出雄少年《ひでをせうねん》とに對面《たいめん》なし、不思議《ふしぎ》なる縁《えにし》につながれて、三人《みたり》は日本《につぽん》へ皈《かへ》らんと、弦月丸《げんげつまる》に同船《どうせん》した事《こと》、出帆《しゆつぱん》前《まへ》、亞尼《アンニー》といへる御幣擔《ごへいかつ》ぎの伊太利《イタリー》の老女《らうぢよ》が、船《ふね》の出帆《しゆつぱん》が魔《ま》の日《ひ》魔《ま》の刻《こく》に當《あた》るとて、切《せつ》に其《その》夜《よ》の出發《しゆつぱつ》を止《と》めた事《こと》。怪《あやし》の船《ふね》の双眼鏡《さうがんきやう》一件《いつけん》、印度洋上《インドやうじやう》の大遭難《だいさうなん》の始末《しまつ》、其時《そのとき》春枝夫人《はるえふじん》の殊勝《けなげ》なる振舞《ふるまひ》、さては吾等《われら》三人《みたり》が同時《どうじ》に、弦月丸《げんげつまる》の甲板《かんぱん》から海中《かいちう》に飛込《とびこ》んだのに拘《かゝは》らず、春枝夫人《はるえふじん》のみは行方《ゆくかた》知《し》れずなつた事《こと》、それより漂流中《へうりうちう》いろ/\の艱難《かんなん》を經《へ》て、漸《やうや》く此《この》島《しま》へ漂着《へうちやく》した迄《まで》の有樣《ありさま》を脱漏《おち》もなく語《かた》ると、聽《き》く人《ひと》、或《あるひ》は驚《おどろ》き、或《あるひ》は嘆《たん》じ、武村兵曹《たけむらへいそう》は木像《もくぞう》のやうになつて、眼《め》を巨大《おほき》くして、息《いき》をも吐《つ》かず聽《き》いて居《を》る、其他《そのた》の水兵《すいへい》も同《おな》じ有樣《ありさま》。
語《かた》り終《をは》つた時《とき》、櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》は靜《しづ》かに顏《かほ》を上《あ》げた。
『實《じつ》に、君《きみ》の經歴《けいれき》は小説《せうせつ》のやうです。』と言《い》つた儘《まゝ》、暫時《しばし》私《わたくし》の顏《かほ》を瞻《なが》めて居《を》つたが、物語《ものがたり》の中《うち》でも、春枝夫人《はるえふじん》の殊勝《けなげ》なる振舞《ふるまひ》には、少《すく》[#ルビの「すく」は底本では「すな」]なからず心《こゝろ》を動《うご》かした樣子《やうす》。特《こと》に櫻木大佐《さくらぎたいさ》は、春枝夫人《はるえふじん》の令兄《れいけい》なる松島海軍大佐《まつしまかいぐんたいさ》とは、兄弟《きやうだい》も及《およ》ばぬ親密《しんみつ》なる間柄《あひだがら》で、大佐《たいさ》がまだ日本《につぽん》に居《を》つた頃《ころ》は始終《しじう》徃來《わうらい》して、其頃《そのころ》、乙女《おとめ》であつた春枝孃《はるえじやう》とは、幾度《いくたび》も顏《かほ》を合《あは》した事《こと》もある相《さう》で、今《いま》其《その》美《うる》はしく殊勝《けなげ》なる夫人《ふじん》が、印度洋《インドやう》の波間《なみま》に見《み》えずなつたと聞《き》いては、他事《ひとごと》と思《おも》はれぬと、そゞろに哀《あわれ》を催《もよう》したる大佐《たいさ》は、暫時《しばらく》して口《くち
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