て呉《く》れんと考《かんが》へたので、眼《まなこ》を放《はな》たず睥睨《へいげい》して居《を》る、猛狒《ゴリラ》も益々《ます/\》猛《たけ》く此方《こなた》を窺《うかゞ》つて居《を》る、此《この》九死一生《きうしいつしやう》の分《わか》れ目《め》、不意《ふい》に、實《じつ》に不意《ふい》に、何處《どこ》ともなく一發《いつぱつ》の銃聲《じうせい》。つゞいて又《また》一發《いつぱつ》[#ルビの「いつぱつ」は底本では「いつはつ」]、猛狒《ゴリラ》は思《おも》ひがけなき二發《にはつ》の彈丸《だんぐわん》に射《ゐ》られて、蹴鞠《けまり》のやうに跳上《をどりあが》つた。
吾等《われら》も喫驚《びつくり》して其方《そなた》を振向《ふりむ》くと、此時《このとき》、吾等《われら》の立《た》てる處《ところ》より、大約《およそ》二百ヤード許《ばかり》離《はな》れた森《もり》の中《なか》から、突然《とつぜん》現《あら》はれて來《き》た二個《ふたり》の人《ひと》がある。
『や、や、日本人《につぽんじん》! 日本人《につぽんじん》!。」と少年《せうねん》も私《わたくし》も驚愕《おどろき》と喜悦《よろこび》に絶叫《ぜつけう》したよ。
實《じつ》に夢《ゆめ》ではあるまいか。現《あら》はれ來《きた》つた二個《ふたり》の人《ひと》は紛《まぎら》ふ方《かた》なき日本人《につぽんじん》で、一人《ひとり》[#ルビの「ひとり」は底本では「ひいり」]は色《いろ》の黒々《くろ/″\》とした筋骨《きんこつ》の逞《たく》ましい水兵《すいへい》の姿《すがた》、腰《こし》に大刀《だいたう》を横《よこた》へたるが、キツと此方《こなた》を眺《なが》めた、他《た》の一人《いちにん》は、威風《ゐふう》凛々《りん/\》たる帝國海軍士官《ていこくかいぐんしくわん》の服裝《ふくさう》、二連銃《にれんじう》の銃身《じうしん》を握《にぎ》つて水兵《すいへい》を顧見《かへりみ》ると、水兵《すいへい》は勢《いきほひ》鋭《するど》く五六|歩《ぽ》此方《こなた》へ走《はし》り近《ちか》づく、此時《このとき》二發《にはつ》の彈丸《だんぐわん》を喰《くら》つた猛狒《ゴリラ》は吾等《われら》を打捨《うちす》てゝ、奔馬《ほんば》の如《ごと》く馳《は》せ向《むか》ひ、一聲《いつせい》叫《さけ》ぶよと見《み》る間《ま》に、電光《でんくわう》の如《ごと》く水兵《すいへい》の頭上《づじやう》目掛《めが》けて飛掛《とびかゝ》つた。水兵《すいへい》ヒラリと身《み》を躱《かは》すよと見《み》る間《ま》に、腰《こし》の大刀《だいたう》は※[#「抜」の「友」に代えて「ノ/友」、144−5]手《ぬくて》も見《み》せず、猛狒《ゴリラ》の肩先《かたさき》に斬込《きりこ》んだ。猛狒《ゴリラ》怒《いか》つて刀身《たうしん》を双手《もろて》に握《にぎ》ると、水兵《すいへい》は焦《いらだ》つて其《その》胸先《むなさき》を蹴上《けあ》げる、此《この》大奮鬪《だいふんとう》の最中《さいちう》沈着《ちんちやく》なる海軍士官《かいぐんしくわん》は靜《しづ》かに進《すゝ》み寄《よ》つて、二連銃《にれんじう》の筒先《つゝさき》は猛狒《ゴリラ》の心臟《しんぞう》を狙《ねら》ふよと見《み》えしが、忽《たちま》ち聽《きこ》ゆる一發《いつぱつ》の銃聲《じうせい》。七|尺《しやく》有餘《いうよ》の猛狒《ゴリラ》は苦鳴《くめい》をあげ、鮮血《せんけつ》を吐《は》いて地上《ちじやう》に斃《たを》れた。私《わたくし》と少年《せうねん》とは夢《ゆめ》に夢見《ゆめみ》る心地《こゝち》。韋駄天《いだてん》の如《ごと》く其《その》傍《かたはら》に走《はし》り寄《よ》つた時《とき》、水兵《すいへい》は猛獸《まうじう》に跨《またが》つて止《とゞ》めの一刀《いつたう》、海軍士官《かいぐんしくわん》は悠然《いうぜん》として此方《こなた》に向《むか》つた。私《わたくし》は餘《あま》りの嬉《うれ》しさに言《げん》もなく、其人《そのひと》の顏《かほ》を瞻《なが》めたが、忽《たちま》ち電氣《でんき》に打《う》たれたかの如《ごと》く愕《おどろ》き叫《さけ》んだよ。
『やあ、貴方《あなた》は櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》※[#感嘆符疑問符、1−8−78]。』
大佐《たいさ》も愕然《がくぜん》として私《わたくし》の顏《かほ》を見詰《みつ》めたが
『や、貴下《あなた》は――。』と言《い》つた儘《まゝ》、暫時《しばし》言葉《ことば》もなかつたのである。
櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》! 々々々。此人《このひと》の名《な》は讀者《どくしや》諸君《しよくん》の御記臆《ごきおく》に存《そん》して居《を》るか否《いな》か。私《わたくし》が子ープルス[#「子ープルス」に二重傍線]港《かう》を出港《しゆ
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