つかう》のみぎり、圖《はか》らずも注意《ちうゐ》を引《ひ》いた反古《はご》新聞《しんぶん》の不思議《ふしぎ》なる記事《きじ》中《ちゆう》の主人公《しゆじんこう》で、既《すで》に一年半《いちねんはん》以前《いぜん》に或《ある》秘密《ひみつ》を抱《いだ》いて、部下《ぶか》卅七|名《めい》の水兵等《すいへいら》と一夜《いちや》奇怪《きくわい》なる帆走船《ほまへせん》に乘《じやう》じて、本國《ほんごく》日本《につぽん》を立去《たちさ》つた人《ひと》、其人《そのひと》に今《いま》や斯《か》かる孤島《はなれじま》の上《うへ》にて會合《くわいごう》するとは、意外《いぐわい》も、意外《いぐわい》も、私《わたくし》は暫時《しばし》五里霧中《ごりむちう》に彷徨《はうくわう》したのである。

    第十二回 海軍《かいぐん》の家《いへ》
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南方の無人島――快活な武村兵曹――おぼろな想像――前は絶海の波、後は椰子の林――何處ともなく立去つた
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 櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》は暫時《しばらく》して口《くち》を開《ひら》いた。
『實《じつ》に意外《ゐぐわい》です、君《きみ》が此樣《こん》な絶島《ぜつとう》へ――。』といひつゝ、染々《しみ/″\》と吾等《われら》兩人《りようにん》の姿《すがた》を打瞻《うちなが》め
『此處《こゝ》は印度洋《インドやう》もズツト南方《なんぽう》に偏《へん》した無人島《むじんとう》で、一番《いちばん》に近《ちか》いマダカツスル[#「マダカツスル」に二重傍線]群島《ぐんたう》へも一千哩《いつせんマイル》以上《いじやう》、亞細亞大陸《アジアたいりく》や、歐羅巴洲《エウロツパしう》までは、幾千幾百哩《いくせんいくひやくマイル》あるか分《わか》らぬ程《ほど》で、到底《とても》尋常《じんじやう》では人《ひと》の來《く》るべき島《しま》ではありませんが。』といと審《いぶ》かし氣《げ》なる顏《かほ》。
『イヤ、全《まつた》く意外《ゐぐわい》です。』と私《わたくし》は進寄《すゝみよ》つた。斯《かゝ》る塲合《ばあひ》だから、勿論《もちろん》委《くわ》しい事《こと》は語《かた》らぬが、船《ふね》の沈沒《ちんぼつ》から此《この》島《しま》へ漂着《へうちやく》までの大略《あらまし》を告《つ》げると、大佐《たいさ》も始《はじ》めて合點《がつてん》の色《いろ》、
『其樣《そん》な事《こと》だらうとは想《おも》ひました、實《じつ》に酷《ひど》い目《め》にお逢《あひ》になりましたな。』と、今《いま》しも射殺《ゐたを》したる猛狒《ゴリラ》の死骸《しがい》に眼《まなこ》を注《そゝ》いで
『實《じつ》は先刻《せんこく》急《きふ》に思《おも》ひ立《た》つて、此《この》兵曹《へいそう》と共《とも》に遊獵《いうれう》に出《で》たのが、天幸《てんこう》にも君等《きみら》をお助《たす》け申《まう》す事《こと》になつたのです。』と言《い》ひながら、大空《おほぞら》を仰《あほ》ぎ見《み》て。
『いろ/\委《くわ》しい事《こと》を承《うけたまは》りたいが、最早《もはや》暮《く》るゝにも近《ちか》く、此邊《このへん》は猛獸《まうじう》の巣窟《さうくつ》ともいふ可《べ》き處《ところ》ですから、一先《ひとま》づ我《わ》が住家《すみか》へ。』と銃《じう》の筒《つゝ》を擡《もた》げた。私《わたくし》は話《はなし》の序《つひで》に、日出雄少年《ひでをせうねん》の事《こと》をば一寸《ちよつと》語《かた》つたので、大佐《たいさ》は凛《りん》たる眼《まなこ》を少年《せうねん》の面《おもて》に轉《てん》じ
『おゝ、可愛《かあい》らしい兒《こ》ですな。』と親切《しんせつ》に其《その》頭《かしら》を撫《な》でつゝ、吾等《われら》の傍《かたわら》に勇《いさ》ましき面《おもて》して立《た》てる水兵《すいへい》を顧《かへり》み
『これ、武村兵曹《たけむらへいそう》、此《この》少年《せうねん》を撫恤《いたわ》つてあげい。』
言下《げんか》に武村《たけむら》と呼《よ》ばれたる兵曹《へいそう》は、つと進寄《すゝみよ》り威勢《ゐせい》よく少年《せうねん》を抱上《いだきあ》げて
『ほー、可愛《かあい》らしい少年《せうねん》だ、サア私《わたくし》の頭《あたま》へ乘《の》つた/\。』と肩車《かたぐるま》に乘《の》せて、ズン/\と前《さき》へ走《はし》り出《だ》[#ルビの「だ」は底本では「た」]した。
櫻木海軍大佐等《さくらぎかいぐんたいさら》の住《すま》へる家《いへ》までは、此處《こゝ》から一哩《いちマイル》程《ほど》ある相《さう》だ。此時《このとき》ふと[#「ふと」に傍点]心《こゝろ》に思《おも》つたのは、先刻《せんこく》から鐵《てつ》の響《ひゞき》の發《はつ》する
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