の綱《つな》と頼《たの》む沙魚《ふか》の肉《にく》がそろ/\腐敗《ふはい》し始《はじ》めた事《こと》である。最初《さいしよ》から多少《たせう》此《この》心配《しんぱい》の無《な》いでもなかつたが、兎《と》に角《かく》、世《よ》に珍《めづ》らしき巨大《きよだい》の魚《うを》の、左樣《さう》容易《ようい》に腐敗《ふはい》する事《こと》もあるまいと油斷《ゆだん》して居《を》つたが、其《その》五日目《いつかめ》の朝《あさ》、私《わたくし》はふとそれと氣付《きづ》いた。然《しか》し今《いま》の塲合《ばあひ》何《なに》も言《い》はずに辛抱《しんばう》して喰《く》つたが、印度洋《インドやう》の炎熱《えんねつ》が、始終《しじう》其上《そのうへ》を燒《や》く樣《やう》に照《てら》して居《を》るのだから堪《たま》らない、其《その》晝食《ちうしよく》の時《とき》、一口《ひとくち》口《くち》にした無邪氣《むじやき》の少年《せうねん》は、忽《たちま》ち其《その》肉《にく》を海上《かいじやう》に吐《は》き出《だ》して、
『おや/\、どうしたんでせう、此《この》魚《さかな》は變《へん》な味《あぢ》になつてよ。』と叫《さけ》んだのは、實《じつ》に心細《こゝろぼそ》い次第《しだい》であつた。
夕方《ゆふがた》になると、最早《もはや》畢世《ひつせい》の勇氣《ゆうき》を振《ふる》つても、とても口《くち》へ入《い》れる心《こゝろ》は出《で》ぬ。さりとて此《この》大事《だいじ》な生命《いのち》の綱《つな》を、むさ/″\海中《かいちう》に投棄《なげす》てるには忍《しの》びず、なるべく艇《てい》の隅《すみ》の方《ほう》へ押遣《おしや》つて、またもや四五|日《にち》前《まへ》のあはれな有樣《ありさま》を繰返《くりかへ》して一夜《いちや》を明《あか》したが、翌朝《よくあさ》になると、ほと/\堪《た》えられぬ臭氣《しゆうき》、氣《き》も、魂《たましひ》も、遠《とう》くなる程《ほど》で、最早《もはや》此《この》腐《くさ》つた魚《さかな》とは一刻《いつこく》も同居《どうきよ》し難《がた》く、無限《むげん》の恨《うらみ》を飮《の》んで、少年《せうねん》と二人《ふたり》で、沙魚《ふか》の死骸《しがい》をば海底《かいてい》深《ふか》く葬《ほうむ》つてしまつた。
サア、これからは又々《また/\》斷食《だんじき》、此《この》日《ひ》も空《むな》しく暮《く》れて夜《よ》に入《い》つたが、考《かんが》へると此後《このゝち》吾等《われら》は如何《いか》になる事《こと》やら、絶望《ぜつぼう》と躍氣《やつき》とに終夜《しゆうや》眠《ねむ》らず、翌朝《よくてう》になつて、曉《あかつき》の風《かぜ》はそよ/\と吹《ふ》いて、東《ひがし》の空《そら》は白《しら》んで來《き》たが、最早《もはや》起上《おきあが》る勇氣《ゆうき》もない、『えい、無益《だめ》だ/\、糧食《かて》は盡《つ》き、※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]船《ふね》は見《み》えず、今更《いまさら》たよる島《しま》も無《な》い。』と思《おも》はず叫《さけ》んだが、不圖《ふと》傍《かたわら》に日出雄少年《ひでをせうねん》が安《やす》らかに眠《ねむ》つて居《を》るのに心付《こゝろつ》き、や、詰《つま》らぬ事《こと》をと、急《いそ》ぎ其方《そなた》を見《み》ると少年《せうねん》は、今《いま》の聲《こゑ》に驚《おどろ》き目醒《めざ》め、むつと起《お》きて、半身《はんしん》を端艇《たんてい》の外《そと》へ出《だ》したが、忽《たちま》ち驚《おどろ》き悦《よろこび》の聲《こゑ》で
『島《しま》が! 島《しま》が! 叔父《おぢ》さん、島《しま》が! 島《しま》が!。』
『島《しま》がツ。』と私《わたくし》も蹴鞠《けまり》のやうに跳起《はねお》きて見《み》ると、此時《このとき》天《てん》全《まつた》く明《あ》けて、朝霧《あさぎり》霽《は》れたる海《うみ》の面《おも》、吾《わ》が端艇《たんてい》を去《さ》る事《こと》三海里《さんかいり》ばかりの、南方《なんぽう》に當《あた》つて、椰子《やし》、橄欖《かんらん》の葉《は》は青※[#二の字点、1−2−22]《あほ/\》と茂《しげ》つて、磯《いそ》打《う》つ波《なみ》は玉《たま》と散《ち》る邊《へん》、一個《いつこ》の島《しま》が横《よこたは》つて居《を》つた。
第十一回 無人島《むじんたう》の響《ひゞき》
[#ここから5字下げ]
人の住む島か、魔の棲む島か――あら、あの音は――奇麗な泉――ゴリラの襲來――水兵ヒラリと身を躱した――海軍士官の顏
[#ここで字下げ終わり]
此《この》島《しま》は、遠《とほ》くから望《のぞ》むと、恰《あだか》も犢牛《こうし》の横《よこたは》つて居《を》る樣《やう》な形《
前へ
次へ
全151ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
押川 春浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング