かたち》で、其《その》面積《めんせき》も餘程《よほど》廣《ひろ》い樣《やう》だ。弦月丸《げんげつまる》の沈沒《ちんぼつ》以來《いらい》十|數日間《すうにちかん》は、青《あを》い空《そら》と、青《あを》い波《なみ》の外《ほか》は何《なに》一つも眺《なが》めた事《こと》のない吾等《われら》が、不意《ふい》に此《この》島《しま》を見出《みいだ》した時《とき》の嬉《うれ》しさ、翅《つばさ》あらば飛《と》んでも行《ゆ》きたき心地《こゝち》、けれど悲《かな》しや、心付《こゝろつ》くと吾《わが》端艇《たんてい》には帆《ほ》もなく、櫂《かい》も無《な》い。近《ちか》い樣《やう》でも海上《かいじやう》の三|里《り》は容易《ようゐ》でない、無限《むげん》の大海原《おほうなばら》に漂《たゞよ》つて居《を》つた間《あひだ》こそ、島《しま》さへ見出《みいだ》せば、直《たゞ》ちに助《たす》かる樣《やう》に考《かんが》へて居《を》つたが、仲々《なか/\》左樣《さう》は行《ゆ》かぬ。まご/\して居《ゐ》れば再《ふたゝ》び何處《どこ》へ押流《おしなが》されてしまうかも分《わか》らぬ。今《いま》は躊躇《ちうちよ》しては居《を》られぬ塲合《ばあひ》、私《わたくし》は突如《いきなり》眞裸《まつぱだか》になつて海中《かいちう》へ跳込《をどりこ》んだ[#「跳込《をどりこ》んだ」は底本では「跳込《をどりこ》んた」]、隨分《ずいぶん》覺束《おぼつか》ない事《こと》だが、泳《およ》ぎながらに、端艇《たんてい》をだん/″\と島《しま》の方《ほう》へ押《お》して行《ゆ》かんとの考《かんがへ》、艇中《ていちう》からは日出雄少年《ひでをせうねん》、楓《かへで》のやうな手《て》で頻《しき》りに波《なみ》を掻分《かきわ》けて居《を》る、此樣《こんな》事《こと》で、舟《ふね》は動《うご》くか動《うご》かぬか、其《その》遲緩《まぬる》さ。けれど吾等《われら》の勞力《らうりよく》は遂《つひ》に無益《むえき》とならで、漸《やうやく》の事《こと》で島《しま》に着《つ》いたのは、かれこれ小半日《こはんにち》も※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、134−5]《すぎ》てから後《あと》の事《こと》、僅《わづ》か三里《さんり》の波《なみ》の上《うへ》を、六時間《ろくじかん》以上《いじやう》とは甚《はなは》だ遲《おそ》い速力《そくりよく》ではあるが、それでも私《わたくし》は死《し》ぬ程《ほど》辛苦《つら》かつた。
※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、134−7]《すぐ》る十|有餘日《いうよにち》の間《あひだ》、よく吾等《われら》の運命《うんめい》を守護《しゆご》して呉《く》れた端艇《たんてい》をば、波打際《なみうちぎわ》にとゞめて此《この》島《しま》に上陸《じやうりく》して見《み》ると、今《いま》は五|月《ぐわつ》の中旬《なかば》すぎ、翠《みどり》滴《したゝ》らんばかりなる樹木《じもく》は島《しま》の全面《ぜんめん》を蔽《おほ》ふて、遙《はる》か向《むか》ふは、野《の》やら、山《やま》やら、眼界《がんかい》も屆《とゞ》かぬ有樣《ありさま》。吾等《われら》の上陸《じやうりく》した邊《へん》は自然《しぜん》の儘《まゝ》なる芝原《しばゝら》青々《あをあを》として、其處此處《そここゝ》に、名《な》も知《し》れぬ紅白《こうはく》さま/″\の花《はな》が咲亂《さきみだ》れて、南《みなみ》の風《かぜ》がそよ/\と吹《ふ》くたびに、陸《りく》から海《うみ》までえならぬ香氣《にほひ》を吹《ふ》き送《おく》るなど、たゞさへ神仙《しんせん》遊樂《ゆうらく》の境《きやう》、特《こと》に私共《わたくしども》は、極端《きよくたん》なる苦境《くきやう》から、此《この》極端《きよくたん》なる樂境《らくきやう》に上陸《じやうりく》した事《こと》とて、初《はじ》めは自《みづか》ら夢《ゆめ》でないかと疑《うたが》はるゝばかり。さあ斯《か》うなると今迄《いまゝで》張詰《はりつ》めて居《を》つた氣《き》も幾分《いくぶん》か緩《ゆる》んで來《き》て、疲勞《つかれ》も飢《うえ》も感《かん》じて來《く》る。斯程《かほど》の島《しま》だから、何《なに》か食物《しよくもつ》の無《な》い事《こと》もあるまいと四方《よも》を見渡《みわた》すと、果《はた》して二三|町《ちやう》距《へだゝ》つた小高《こだか》い丘《をか》の中腹《なかば》に、一帶《いつたい》の椰子《やし》、バナヽの林《はやし》があつて、甘美《うるは》しき果實《くわじつ》は枝《えだ》も垂折《しを》れんばかりに成熟《せいじゆく》して居《を》る。二人《ふたり》は宙《ちう》飛《と》ぶ如《ごと》く驅付《かけつ》けて、喰《く》ふた喰《く》はぬは言《い》ふ丈《だ》け無益《むえき》、頓《やが》て腹《
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