かぎ》つて居《を》る相《さう》だ。
 今《いま》、私《わたくし》は黒暗々《こくあん/\》たる印度洋《インドやう》の眞中《まんなか》に於《おい》て、わが弦月丸《げんげつまる》の後《あと》を追《お》ふかの奇怪《きくわい》なる船《ふね》を見《み》てふと此樣《こんな》事《こと》を想《おも》ひ出《だ》した。讀者《どくしや》諸君《しよくん》よ笑《わら》ひ玉《たま》ふな、私《わたくし》の配慮《しんぱい》は餘《あま》りに神經的《しんけいてき》かも知《し》れぬが、然《しか》し以上《いじやう》の物語《ものがたり》と、今《いま》から數分《すうふん》以前《いぜん》にかの船《ふね》が本船《ほんせん》右舷《うげん》後方《こうほう》の海上《かいじやう》に於《おい》て不思議《ふしぎ》にも難破信號《なんぱしんがう》を揚《あ》げた事《こと》とで考《かんが》へ合《あは》せると斯《かゝ》る配慮《しんぱい》の起《おこ》るのも無理《むり》はあるまい。私《わたくし》は印度洋《インドやう》の海底《かいてい》の有樣《ありさま》は精密《くわし》くは知《し》らぬが此《この》洋《やう》全面積《ぜんめんせき》は二千五百※[#「一/力」、88−10]方哩《にせんごひやくまんほうマイル》、深《ふか》き所《ところ》は底知《そこし》れぬが、處々《ところ/\》に大暗礁《だいあんせう》又《また》は海礁《かいせう》が横《よこたは》つて居《を》つて、水深《すいしん》五十|米突《メートル》に足《た》らぬ所《ところ》もある相《さう》な。して見《み》ると私《わたくし》でなくとも、此樣《こん》な想像《さうざう》は起《おこ》るであらう、今《いま》、本船《ほんせん》の後《あと》を追《お》ふかの奇怪《あやし》の船《ふね》は或《あるひ》は印度洋《インドやう》の大惡魔《だいあくま》と世《よ》に隱《かく》れなき海賊船《かいぞくせん》で、先刻《せんこく》遙《はる》か/\の海上《かいじよう》で、星火榴彈《せいくわりうだん》を揚《あ》げ、火箭《くわぜん》を飛《とば》して、救助《きうじよ》を求《もと》むる難破船《なんぱせん》の眞似《まね》をしたのは、あの邊《へん》の海底《かいてい》は何《なに》かの理由《りいう》で水深《すいしん》左程《さまで》深《ふか》からず、我《わ》が弦月丸《げんげつまる》を撃沈《げきちん》して後《のち》に潜水器《せんすいき》を沈《しづ》めるに便利《べんり》の宜《よ》かつた爲《ため》ではあるまいか、本船《ほんせん》の愚昧《おろか》[#ルビの「おろか」は底本では「おろな」]なる船長《せんちやう》は『船幽靈《ふないうれい》めが、難破船《なんぱせん》の眞似《まね》なんかして、此《この》船《ふね》を暗礁《あんせう》へでも誘引《おび》き寄《よ》せやうとかゝつて居《を》るのだな。』と延氣《のんき》な事《こと》を言《い》つて居《を》つたが、其實《そのじつ》船幽靈《ふないうれい》ならぬ海賊船《かいぞくせん》が、あの邊《へん》の暗礁《あんせう》へ我《わが》船《ふね》を誘引《おび》き寄《よ》せやうと企圖《くわだ》て居《を》つたのかも知《し》れぬ。偶然《ぐうぜん》にも我《わ》が弦月丸《げんげつまる》は斯《かゝ》る信號《しんがう》には頓着《とんちやく》なく、ずん/″\と其《その》進航《しんかう》を續《つゞ》けた爲《た》め、策略《はかりごと》破《やぶ》れた海賊船《かいぞくせん》は、今《いま》や他《た》の手段《しゆだん》を廻《めぐ》らしつゝ、頻《しき》りに我《わが》船《ふね》の後《あと》を追及《ついきふ》するのではあるまいか、不幸《ふこう》にして私《わたくし》の想像《さうざう》が誤《あやま》らなければ夫《それ》こそ大變《たいへん》、今《いま》本船《ほんせん》とかの奇怪《きくわい》なる船《ふね》との間《あひだ》は未《ま》だ一|海里《かいり》以上《いじやう》は確《たしか》に距《へだゝ》つて居《を》るが、あの燈光《ともしび》のだん/\と明亮《あかる》くなる工合《ぐあひ》で見《み》ても、其《その》船脚《ふなあし》の悽《すざ》まじく速《はや》い事《こと》が分《わか》るから、頓《やが》て本船《ほんせん》に切迫《せつぱく》するのも十|分《ぷん》か十五|分《ふん》の後《のち》であらう。あゝ、海賊船《かいぞくせん》か、海賊船《かいぞくせん》か、若《も》しもあの船《ふね》が世界《せかい》に名高《なだか》き印度洋《インドやう》の海賊船《かいぞくせん》ならば、其《その》船《ふね》に睨《にら》まれたる我《わが》弦月丸《げんげつまる》の運命《うんめい》は最早《もはや》是迄《これまで》である。たとへ我《わが》船《ふね》が全檣《ぜんしやう》に帆《ほ》を張《は》り蒸※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]機關《じようききくわん》の破裂《はれつ》するまで石炭《せきた
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