劇《きげき》に向《むか》つて、橄欖島《かんらんたう》と覺《お》ぼしき島影《しまかげ》を、雲煙《うんゑん》渺茫《べうぼう》たる邊《へん》に認《みと》めたのは、日《ひ》は二|月《ぐわつ》の二十五|日《にち》、刻《こく》は萬籟《ばんらい》寂《せき》たる午前《ごぜん》の二|時《じ》と三|時《じ》との間《あひだ》。下弦《げゞん》の月《つき》は皓々《かう/\》と冴《さ》え渡《わた》りて、金蛇《きんだ》走《はし》らす浪《なみ》の上《うへ》には、たゞ本艦《ほんかん》の蒸※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]機關《じようききくわん》の響《ひゞき》のみぞ悽《すさ》まじかつた。
軍艦《ぐんかん》「日《ひ》の出《で》」の艦中《かんちう》には一人《ひとり》も眠《ね》むる者《もの》は無《な》かつた。艦橋《かんけう》には艦長松島海軍大佐《かんちやうまつしまかいぐんたいさ》をはじめとし、一團《いちだん》の將校《しやうかう》は月《つき》に燦爛《さんらん》たる肩章《けんしやう》に波《なみ》を打《う》たせて、隻手《せきし》に握《にぎ》る双眼鏡《さうがんきやう》は絶《た》えず海上《かいじやう》を眺《なが》めて居《を》る。甲板《かんぱん》の其處此處《そここゝ》には水兵《すいへい》の一群《いちぐん》二群《にぐん》、ひそ/\と語《かた》るもあり、樂《たの》し氣《げ》に笑《わら》ふもあり。武村兵曹《たけむらへいそう》は兩眼《りやうがん》をまん丸《まる》にして
『サア、いよ/\橄欖島《かんらんたう》も近《ちか》づいて來《き》たぞ。大佐閣下《たいさかくか》の海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》はすでにあの島影《しまかげ》に來《き》て居《を》るであらうか、それとも未《ま》だ朝日島《あさひじま》を出發《しゆつぱつ》せぬのかしら、えい、待遠《まちどう》や/\。』と、手《て》の舞《ま》ひ、足《あし》の踏《ふ》む處《ところ》も知《し》らぬ有樣《ありさま》。濱島武文《はまじまたけぶみ》は艦尾《かんび》の巨砲《きよほう》に凭《もた》れて悠々《いう/\》と美髯《びぜん》を捻《ひね》りつゝ。春枝夫人《はるえふじん》の笑顏《えがほ》は天女《てんによ》の美《うる》はしきよりも美《うる》はしく、仰《あほ》ぐ御空《みそら》には行《ゆ》く雲《くも》も歩《あゆみ》をとゞめ、浪《なみ》に鳴《な》く鳥《とり》も吾等《われら》を讃美《さんび》する
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