巾《ハンカチーフ》の影《かげ》からそつと[#「そつと」に傍点]笑《わら》つて居《を》る。
『殘念《ざんねん》だな、よし。』と武村兵曹《たけむらへいそう》は忽《たちま》ち毛脛《けずね》を突出《つきだ》した。
『大尉閣下《たいゐかくか》、御禮《おれい》に一番《いちばん》脛押《すねおし》と參《まい》りませう。』
『脛押《すねおし》か。』と轟大尉《とゞろきたいゐ》は顏《かほ》を顰《しか》めたが、負《ま》けぬ氣《き》の大尉《たいゐ》、何程《なにほど》の事《こと》やあらんと同《おな》じく毛脛《けずね》を現《あら》はして、一押《ひとおし》押《お》したが、『あ痛《い》た、たゝゝゝ。』と後《うしろ》へ飛退《とびの》[#ルビの「とびの」は底本では「どびの」]いて
『これは痛《いた》い、武村《たけむら》の脛《すね》には出刄庖丁《でばほうちやう》が這入《はい》つて居《を》るぞ。』
『そ、そんなに強《つよ》いのですか。』と彌次馬《やじうま》の士官《しくわん》水兵《すいへい》は吾《われ》も/\とやつて來《き》たが、成程《なるほど》武村《たけむら》の脛《すね》は馬鹿《ばか》に堅《かた》い、皆《みな》一撃《いちげき》の下《もと》に押倒《おしたを》されて、痛《いた》い/\と引退《ひきさが》る。武村兵曹《たけむらへいそう》は些《いさ》さか得意《とくゐ》の色《いろ》を浮《うか》べて鼻《はな》を蠢《うご》めかしたが、軍艦《ぐんかん》「日《ひ》の出《で》」の甲板《かんぱん》には未《ま》だ仲々《なか/\》豪傑《がうけつ》が居《を》る。
『武村《たけむら》、怪《け》しからんな、我《わが》軍艦《ぐんかん》「日《ひ》の出《で》」の道塲破《だうじやうやぶ》りをやつたな、よし、乃公《おれ》が相手《あひて》にならう。』と突然《とつぜん》大檣《だいしやう》の影《かげ》から現《あら》はれて來《き》たのは、色《いろ》の黒々《くろ/″\》とした、筋骨《きんこつ》の逞《たく》ましい年少《ねんせう》少尉《せうゐ》、此人《このひと》は海軍兵學校《かいぐんへいがくかう》の生活中《せいくわつちう》、大食黨《たいしよくたう》の巨魁《おやだま》で、肺量《はいりやう》五千二百、握力《あくりよく》七十八、竿飛《さをとび》は一|丈《じやう》三|尺《じやく》まで飛《と》んで、徒競走《フートレース》六百ヤードを八十六|秒《びやう》に走《はし》つたといふ
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