、私共《わたくしども》に濟《す》まぬと尼《あま》になつたのですよ。其《その》事柄《ことがら》は一塲《いちじやう》の悲劇《トラジデー》です。亞尼《アンニー》に一人《ひとり》の息子《むすこ》があつて、極《ご》く放蕩《ほうたう》無頼《ぶらい》な男《をとこ》で、十|幾年《いくねん》か前《まへ》に家出《いへで》をして、行衞不明《ゆくゑふめい》になつたといふ事《こと》は兼《かね》て聞《き》いて居《を》りましたが、亞尼《アンニー》は、それをば常《つね》に口僻《くちぐせ》のやうに、斯《か》う言《い》つて居《を》りました「私《わたくし》の忰《せがれ》は私《わたくし》の言《い》ふ事《こと》を容《き》かずに、十月《じふぐわつ》の祟《たゝり》の日《ひ》に家出《いへで》をしたばかりに、海蛇《うみへび》に捕《と》られてしまひました。」と。海蛇《うみへび》に捕《と》られたとは、眞《しん》に妙《めう》な事《こと》だと思《おも》つて居《を》りましたが、それがよく隱語《いんご》を使《つか》ふ伊太利人《イタリーじん》の僻《くせ》で、其《その》書面《しよめん》ではじめて分《わか》りましたよ。其《その》息子《むすこ》が海蛇《うみへび》に捕《と》られたといふのは、生命《いのち》の事《こと》ではなく、實《じつ》は、印度洋《インドやう》の惡魔《あくま》と世《よ》に隱《かく》れもなき海賊船《かいぞくせん》の仲間《なかま》に入《い》り、血《ち》をすゝつて、海蛇[#「海蛇」に蛇の目傍点]丸《まる》とかいへる海賊船《かいぞくせん》の水夫《すいふ》となつたのだ相《さう》です。其爲《そのため》に亞尼《アンニー》は一人《ひとり》淋《さび》しく家《いへ》に殘《のこ》されて、遂《つひ》に私《わたくし》の家《いへ》に奉公《ほうこう》に出《で》る樣《やう》になつたのですが、御存《ごぞん》じの通《とう》り、極《ご》く正直《しやうじき》な女《をんな》ですから、私共《わたくしども》も目《め》をかけて使《つか》つて居《を》る内《うち》、丁度《ちやうど》私共《わたくしども》が子ープルス[#「子ープルス」に二重傍線]港《かう》を出發《しゆつぱつ》するといふ前《まへ》の前《まへ》の晩《ばん》です。亞尼《アンニー》は鳥渡《ちよつと》使《つか》ひに出《で》ました時《とき》、波止塲《はとば》のほとりで圖《はか》らずも、絶《たえ》て久《ひさ》しき其《その》
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