軍艦旗《ていこくぐんかんき》舞《ま》ひ、「ブルワーク」の邊《ほとり》には克砲《クルツプほう》、俄砲《ガツトリングほう》、四十七|粍《ミリ》速射砲《そくしやほう》、砲門《ほうもん》をならべ、遠《とほ》く一碧《いつぺき》の水天《すいてん》を望《のぞ》み、近《ちか》く破浪《はらう》の音《おと》を聽《き》きつゝ、絶《たえ》て久《ひさ》しき顏《かほ》と顏《かほ》とは艦長室《かんちやうしつ》の美《うる》はしき長倚子《ながゐす》に倚《よ》つて向《むか》ひ合《あ》つた。
濱島武文《はまじまたけぶみ》は言葉《ことば》もなく私《わたくし》の手《て》を握《にぎ》つた。
春枝夫人《はるえふじん》は
『あゝ、柳川《やながは》さん、妾《わたくし》は、貴方《あなた》と此世《このよ》で御目《おめ》に掛《か》からうとは――。』と言《い》つたまゝ、其《その》美《うる》はしき顏《かほ》は私《わたくし》の身邊《しんぺん》を見廻《みまは》した。
武村兵曹《たけむらへいそう》は私《わたくし》の横側《よこて》で五里霧中《ごりむちう》の顏《かほ》。
艦長松島海軍大佐《かんちやうまつしまかいぐんたいさ》は春枝夫人《はるえふじん》の言《げん》をば奪《うば》ふがごとく私《わたくし》に向《むか》ひ
『して、日出雄少年《ひでをせうねん》[#ルビの「ひでをせうねん」は底本では「びでをせうねん」]は――安全《あんぜん》ですか――それとも――。』
私《わたくし》は欣然《きんぜん》として叫《さけ》んだ。
『おゝ、松島海軍大佐《まつしまかいぐんたいさ》よ、濱島武文君《はまじまたけぶみくん》よ、春枝夫人《はるえふじん》よ、貴方等《あなたがた》の喜悦《よろこび》にまで、少年《せうねん》は無事《ぶじ》です、無事《ぶじ》です※[#感嘆符三つ、329−6]。』
松島大佐《まつしまたいさ》と濱島武文《はまじまたけぶみ》とは言《い》ひ合《あ》はした樣《やう》に喜色《えみ》を浮《うか》べて鼻髯《びぜん》を捻《ひね》つた。春枝夫人《はるえふじん》は流石《さすが》に女性《によしよう》の常《つね》
『あゝ、夢《ゆめ》ではありますまいか、之《これ》が夢《ゆめ》でなかつたら、どんなに嬉《うれ》しいんでせう。』と、止《とゞ》め兼《かね》たる喜悦《よろこび》の涙《なみだ》をソツ[#「ソツ」に傍点]と紅絹《くれない》の手巾《ハンカチーフ》に押拭《おしぬぐ》ふ。

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