た船首《せんしゆ》の方《かた》へ歩《ほ》を移《うつ》した。
最早《もはや》、出港《しゆつかう》の時刻《じこく》も迫《せま》つて居《を》る事《こと》とて、此邊《このへん》は仲々《なか/\》の混雜《こんざつ》であつた。輕《かろ》き服裝《ふくさう》せる船丁等《ボーイら》は宙《ちう》になつて驅《か》けめぐり、逞《たく》ましき骨格《こつかく》せる夥多《あまた》の船員等《せんゐんら》は自己《おの》が持塲《もちば》/\に列《れつ》を作《つく》りて、後部《こうぶ》の舷梯《げんてい》は既《すで》に引揚《ひきあ》げられたり。今《いま》しも船首甲板《せんしゆかんぱん》に於《お》ける一等運轉手《チーフメート》の指揮《しき》の下《した》に、はや一|團《だん》の水夫等《すいふら》は捲揚機《ウインチ》の周圍《しゆうゐ》に走《は》せ集《あつま》つて、次《つぎ》の一|令《れい》と共《とも》に錨鎖《べうさ》を卷揚《まきあ》げん身構《みがまへ》。船橋《せんけう》の上《うへ》にはビール樽《だる》のやうに肥滿《ひまん》した船長《せんちやう》が、赤《あか》き頬髯《ほゝひげ》を捻《ひね》りつゝ傲然《がうぜん》と四|方《はう》を睥睨《へいげい》して居《を》る。私《わたくし》は三々五々《さん/\ごゞ》群《むれ》をなして、其處此處《そここゝ》に立《た》つて居《を》る、顏色《いろ》の際立《きはだ》つて白《しろ》い白耳義人《ベルギーじん》や、「コスメチツク」で鼻髯《ひげ》を劍《けん》のやうに塗《ぬ》り固《かた》めた佛蘭西《フランス》の若紳士《わかしんし》や、あまりに酒《さけ》を飮《の》んで酒《さけ》のために鼻《はな》の赤《あか》くなつた獨逸《ドイツ》の陸軍士官《りくぐんしくわん》や、其他《そのほか》美人《びじん》の標本《へうほん》ともいふ可《べ》き伊太利《イタリー》の女俳優《をんなはいゆう》や、色《いろ》の無暗《むやみ》に黒《くろ》い印度《インド》邊《へん》の大富豪《おほがねもち》の船客等《せんきやくら》の間《あひだ》に立交《たちまじら》つて、此《この》目醒《めざ》ましき光景《くわうけい》を見廻《みまは》しつゝ、春枝夫人《はるえふじん》とくさ/″\の物語《ものがたり》をして居《を》つたが、此時《このとき》不意《ふい》にだ、實《じつ》に不意《ふい》に私《わたくし》の背部《うしろ》で、『や、や、や、しまつたゾ。』と一度《いち
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