まくん》よ、心豐《こゝろゆた》かにいよ/\榮《さか》え玉《たま》へ、君《きみ》が夫人《ふじん》と愛兒《あいじ》の御身《おんみ》は、此《この》柳川《やながは》の生命《いのち》にかけても守護《しゆご》しまいらすべし。』と答《こた》へると彼《かれ》は莞爾《につこ》と打笑《うちえ》み、こも/″\三人《みたり》と握手《あくしゆ》して、其儘《そのまゝ》舷梯《げんてい》を降《くだ》り、先刻《せんこく》から待受《まちう》けて居《を》つた小蒸※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]船《こじやうきせん》に身《み》を移《うつ》すと、小蒸※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]船《こじやうきせん》は忽《たちま》ち波《なみ》を蹴立《けた》てゝ、波止塲《はとば》の方《かた》へと歸《かへ》つて行《ゆ》く、其《その》仇浪《あだなみ》の立騷《たちさわ》ぐ邊《ほとり》海鳥《かいてう》二三|羽《ば》夢《ゆめ》に鳴《な》いて、うたゝ旅客《たびゞと》の膓《はらわた》を斷《た》つばかり、日出雄少年《ひでをせうねん》は無邪氣《むじやき》である
『あら、父君《おとつさん》は單獨《ひとり》で何處《どこ》へいらつしやつたの、もうお皈《かへ》りにはならないのですか。』と母君《はゝぎみ》の纎手《て》に依《よ》りすがると春枝夫人《はるえふじん》は凛々《りゝ》しとはいひ、女心《をんなごゝろ》のそゞろに哀《あはれ》を催《もよほ》して、愁然《しゆうぜん》と見送《みおく》る良人《をつと》の行方《ゆくかた》、月《つき》は白晝《まひる》のやうに明《あきらか》だが、小蒸※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]船《こじようきせん》の形《かたち》は次第々々《しだい/\》に朧《おぼろ》になつて、殘《のこ》る煙《けむり》のみぞ長《なが》き名殘《なごり》を留《とゞ》めた。
『夫人《おくさん》、すこし、甲板《デツキ》の上《うへ》でも逍遙《さんぽ》して見《み》ませうか。』と私《わたくし》は二人《ふたり》を誘《いざな》つた。かく氣《き》の沈《しづ》んで居《を》る時《とき》には、賑《にぎ》はしき光景《くわうけい》にても眺《なが》めなば、幾分《いくぶん》か心《こゝろ》を慰《なぐさ》むる因《よすが》ともならんと考《かんが》へたので、私《わたくし》は兩人《ふたり》を引連《ひきつ》れて、此時《このとき》一|番《ばん》に賑《にぎ》はしく見《み》え
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