此《この》島《しま》を出發《しゆつぱつ》したらもう締《しめ》たものだ、一時間《いちじかん》百海里《ひやくかいり》前後《ぜんご》の大速力《だいそくりよく》は、印度洋《インドやう》を横切《よこぎ》り、支那海《シナかい》を※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、278−12]《す》ぎ、懷《なつ》かしき日本海《につぽんかい》の波上《はじやう》より、仰《あほ》いで芙蓉《ふえう》の峰《みね》を拜《はい》する事《こと》も遠《とほ》い事《こと》ではあるまい。無邪氣《むじやき》なる水兵等《すいへいら》の想像《さうぞう》するが如《ごと》く、其時《そのとき》の光景《くわうけい》はまあどんなであらう。電光艇《でんくわうてい》の評判《ひやうばん》、櫻木大佐《さくらぎたいさ》の榮譽《ほまれ》、各自《めい/\》の胸《むね》にある種々《しゆ/″\》の樂《たのし》み、それ等《ら》は管々《くだ/\》しく言《い》ふに及《およ》ばぬ。一度《いちど》死《し》んだと思《おも》はれた日出雄少年《ひでをせうねん》と、私《わたくし》とが、無事《ぶじ》に此《この》譽《ほまれ》ある電光艇《でんくわうてい》と共《とも》に世《よ》に現《あら》はれて來《き》たと聞《き》いたなら、ネープルス[#「ネープルス」に二重傍線]に在《あ》る濱島武文《はまじまたけぶみ》――若《も》しまた春枝夫人《はるえふじん》が此世《このよ》にあるものならば、如何《いか》に驚《おどろ》き且《か》つ喜《よろこ》ぶ事《こと》であらう。斯《か》う考《かんが》へると、實《じつ》に愉快《ゆくわい》で/\堪《たま》らぬ、今《いま》や吾等《われら》の眼《まなこ》には、たゞ希望《きぼう》の光《ひかり》の輝《かゞや》くのみで、誰《たれ》か人間《にんげん》の幸福《さひはひ》を嫉《ねた》む惡魔《あくま》の手《て》が、斯《かゝ》る時《とき》――かゝる間際《まぎは》に兎角《とかく》大厄難《だいやくなん》を誘起《ひきおこ》すものであるなどゝ心付《こゝろづ》く者《もの》があらう。
然《しか》るに、人間《にんげん》の萬事《ばんじ》は、實《じつ》に意外《いぐわい》の又《また》意外《いぐわい》、此《この》喜悦《よろこび》の最中《さいちう》に非常《ひじやう》な事變《じへん》が起《おこ》つた。
刻《こく》は、草木《くさき》も眠《ねむ》る、一時《いちじ》と二時《にじ》との間《あひだ》、談
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