3]《うれ》しさに一言《いちごん》も無《な》かつた。武村兵曹《たけむらへいそう》は何《なに》より前《さき》に自分《じぶん》の大失策《おほしくじり》を白状《はくじやう》して、頻《しき》りに頭《あたま》を掻《か》いた。此時《このとき》如何《いか》に※[#「りっしんべん+喜」、第4水準2−12−73]《うれ》しく、また、如何《いか》なる談話《だんわ》のあつたかは只《たゞ》諸君《しよくん》の想像《さうぞう》に任《まか》せるが、茲《こゝ》に一言《ひとこと》記《しる》して置《お》かねばならぬのは、此《この》大輕氣球《だいけいききゆう》[#ルビの「だいけいききゆう」は底本では「だいけいきゆう」]の事《こと》である。
櫻木大佐《さくらぎたいさ》の話《はな》す處《ところ》によると、此《この》日《ひ》から丁度《ちやうど》八日《やうか》前《まへ》の晩《ばん》(即《すなは》ち吾等《われら》が犬《いぬ》の使者《ししや》を送《おく》つた其日《そのひ》の夜《よる》である。)猛犬稻妻《まうけんいなづま》が數《すう》ヶ|所《しよ》の傷《きづ》を負《お》ひ、血《ち》に染《し》みて歸《かへ》つて來《き》たので、初《はじ》めて吾等《われら》の大難《だいなん》が分《わか》り、それより海岸《かいがん》の家《いへ》は沸《わ》くが如《ごと》き騷《さわ》ぎで、種々《しゆ/″\》評議《ひやうぎ》の結果《けつくわ》、此《この》危急《ききふ》を救《すく》ふには、輕氣球《けいきゝゆう》を飛《と》ばすより他《ほか》に策《さく》は無《な》いといふ事《こと》に定《さだま》つたが、氣球《ききゆう》[#ルビの「ききゆう」は底本では「きゆう」]を作《つく》る事《こと》は容易《ようゐ》な業《わざ》ではない、幸《さひはひ》にも、材料《ざいれう》は甞《かつ》て、浪《なみ》の江丸《えまる》で本島《ほんたう》に運《はこ》んで來《き》た諸《しよ》品《ひん》の内《うち》にあつたので直《たゞ》ちに着手《ちやくしゆ》したが、其爲《そのため》に少《すく》なからぬ勞力《ほねをり》と、諸種《しよしゆ》の重要《ぢゆうえう》なる藥品等《やくひんとう》を費《つひや》したは勿論《もちろん》、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の内部《ないぶ》各室《かくしつ》の裝飾用《さうしよくよう》にと、遙《は》る/″\本國《ほんごく》から携《たづさ》へて來《き》た三百|餘反《よたん
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