だが、今《いま》は實《じつ》に非常《ひじやう》の塲合《ばあひ》である、非常《ひじやう》の塲合《ばあひ》には非常《ひじやう》の决心《けつしん》を要《えう》するので、若《も》し躊躇《ちうちよ》して居《を》れば、吾等《われら》一同《いちどう》はみす/\知《し》る人《ひと》も無《な》き此《この》山中《さんちう》の、草葉《くさば》の露《つゆ》と消《き》えてしまはねばならぬのであるから成敗《せいばい》は元《もと》より豫期《よき》し難《がた》いが、出來得《できう》る丈《だ》けの手段《しゆだん》は盡《つく》さねばならぬと考《かんが》へたので、遂《つひ》に意《ゐ》を决《けつ》して、吾等《われら》は此《この》急難《きふなん》をば[#「急難《きふなん》をば」は底本では「急難《きふなん》をは」]、三十|里《り》彼方《かなた》なる櫻木大佐《さくらぎたいさ》の許《もと》に報《ほう》ぜんがため、涙《なみだ》を揮《ふる》つて猛犬稻妻《まうけんいなづま》をば、此《この》恐《おそ》ろしき山中《さんちう》に使者《ししや》せしむる事《こと》となつた。私《わたくし》は直《たゞ》ちに鉛筆《えんぴつ》をとつて一書《いつしよ》を認《したゝ》めた。書面《しよめん》の文句《もんく》は斯《か》うである。
[#ここから1字下げ]
櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》よ、世《よ》に禍《わざはひ》といふものなくば、此《この》書面《しよめん》の達《たつ》せん頃《ころ》には、吾等《われら》は再《ふたゝ》び貴下《きか》の面前《めんぜん》に立《た》つ可《べ》き筈《はづ》なりしを、今《いま》かゝる文使者《ふづかひ》を送《おく》る事《こと》の、歡《よろこ》ばしき運命《うんめい》にあらぬをば察《さつ》し玉《たま》ふ可《べ》し。貴下《きか》の委任《いにん》を受《う》けたる紀念塔《きねんたふ》の建立《けんりつ》は、首尾《しゆび》よく成就《じやうじゆ》したれども、其《その》歸途《きと》、吾等《われら》は自《みづか》ら招《まね》きたる禍《わざはひ》によりて、貴下《きか》が住《すま》へる海岸《かいがん》より、東方《とうほう》大約《おほよそ》三十|里《り》の山中《さんちう》にて、恐《おそ》る可《べ》き砂《すな》すべりの谷《たに》に陷落《かんらく》せり、砂《すな》すべりの谷《たに》は實《じつ》に死《し》の谷《たに》と呼《よ》ばるゝ如《ごと》く、吾等《
前へ
次へ
全302ページ中206ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
押川 春浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング