の書面――あの世でか、此世でか、――此犬尋常でない――眞黒になつて其後を追ふた――水樽は空になつた
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 西暦《せいれき》一千八百六十六|年《ねん》の墺普戰爭《オーフツせんさう》に、敵《てき》の重圍《じゆうゐ》に陷《おちい》つたる墺太利軍《オースタリーぐん》の一《いち》偵察隊《ていさつたい》は、敵《てき》の眼《まなこ》を晦《くら》まさんがため、密書《みつしよ》をば軍用犬《ぐんようけん》の首輪《くびわ》に附《ふ》して、其《その》本陣《ほんじん》に送皈《おくりかへ》したといふ逸話《いつわ》がある。近世《きんせい》では、犬《いぬ》の使命《しめい》といふ事《こと》は左迄《さまで》珍奇《ちんき》な事《こと》ではないが、それと之《これ》とは餘程《よほど》塲合《ばあひ》も異《ちが》つて居《を》るので、二名《にめい》の水兵《すいへい》は危《あや》ぶみ、武村兵曹《たけむらへいそう》は腕《うで》を拱《こまぬ》いた儘《まゝ》、眤《じつ》と稻妻《いなづま》の面《おもて》を眺《なが》めた。日出雄少年《ひでをせうねん》は憂色《うれひ》を含《ふく》んで
『それでは、稻妻《いなづま》は私共《わたくしども》と別《わか》れて、單獨《ひとり》で、此《この》淋《さび》しい、恐《おそ》ろしい山《やま》を越《こ》えて、大佐《たいさ》の叔父《おぢ》さんの家《いへ》へお使者《つかひ》に行《ゆ》くのですか。私《わたくし》は何《な》んだか心配《しんぱい》なんです、稻妻《いなづま》がいくら強《つよ》くつたつて、あの澤山《たくさん》な猛獸《まうじう》の中《なか》を、無事《ぶじ》に海岸《かいがん》[#ルビの「かいがん」は底本では「がいがん」]の家《いへ》へ歸《かへ》る事《こと》が出來《でき》ませうか。』と進《すゝ》まぬ顏《かほ》に首《くび》を頂垂《うなだ》れた。如何《いか》にも其《その》憂慮《うれひ》は道理《もつとも》である。私《わたくし》も實《じつ》は、此《この》使命《しめい》の十|中《ちう》八九までは遂《と》げらるゝ事《こと》の難《かた》きを知《し》つて居《を》る、また、三年《さんねん》以來《いらい》馴《な》れ親《した》しんで、殆《ほと》んど畜類《ちくるい》とは思《おも》はれぬ迄《まで》愛《あい》らしく思《おも》ふ此《この》稻妻《いなづま》に、些《いさゝ》かでも辛苦《しんく》は見《み》せたくないの
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