ので、此處《こゝ》に陷落《かんらく》した者《もの》は掻《か》き上《あが》らうとしては滑《すべ》り落《お》ち、滑《すべ》り落《お》ちては砂《すな》に纒《まと》はれ、其内《そのうち》に手足《てあし》の自由《じゆう》を失《うしな》つて、遂《つひ》に非業《ひごふ》の最後《さいご》を遂《と》げるのである。だから吾等《われら》が海岸《かいがん》の家《いへ》を出發《しゆつぱつ》する時《とき》も、櫻木大佐《さくらぎたいさ》は繰返《くりかへ》して『砂《すな》すべりの谷《たに》を注意《ちうゐ》せよ。』と言《い》はれたが、吾等《われら》は遂《つひ》に※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、251−6]《あやま》つて、此《この》恐《おそ》る可《べ》き死《し》の谷《たに》へ陷込《おちこ》んだのである。
『あゝ、大變《たいへん》な事《こと》をやつてしまつた。』と武村兵曹《たけむらへいそう》は自分《じぶん》の失策《しくじり》に切齒《はがみ》した。
我《わ》が鐵車《てつしや》は、險山《けんざん》深林《しんりん》何處《いづく》でも活動《くわつどう》自在《じざい》だが、此《この》砂《すな》すべりの谷《たに》だけでは如何《どう》する事《こと》も出來《でき》ぬのである、萬一《まんいち》を期《き》して、非常《ひじやう》な力《ちから》で、幾度《いくたび》か車輪《しやりん》を廻轉《くわいてん》して見《み》たが全《まつた》く無效《むだ》だ。砂《すな》に喰止《くひと》まる事《こと》の出來《でき》ぬ齒輪車《はぐるま》は、一尺《いつしやく》進《すゝ》んではズル/″\、二三|尺《じやく》掻上《かきあが》つてはズル/″\。其内《そのうち》に車輪《しやりん》も次第《しだい》々々に砂《すな》に埋《う》もれて、最早《もはや》一寸《いつすん》も動《うご》かなくなつた。
『絶體絶命《ぜつたいぜつめい》!。』と一同《いちどう》は嘆息《たんそく》した。之《これ》が普通《ふつう》の塲所《ばしよ》なら、かゝる死地《しち》に落《お》ちても、鐵車《てつしや》をば此處《こゝ》に打棄《うちす》てゝ、其《その》身《み》だけ免《まぬが》れ出《で》る工夫《くふう》の無《な》いでもないが、千山《せんざん》萬峰《ばんぽう》の奧深《おくふか》く、數十里《すうじふり》四方《しほう》は全《まつた》く猛獸《まうじう》毒蛇《どくじや》の巣窟《さうくつ》で、既《す
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