ま》に跳《は》ね落《おと》された武村兵曹《たけむらへいそう》が『南無三《なむさん》、大變《たいへん》!。』と叫《さけ》んで飛起《とびお》きた時《とき》は、無殘《むざん》や、鐵車《てつしや》は、擂盆《すりばち》[#「擂盆《すりばち》」は底本では「※[#「木+雷」、第4水準2−15−62]盆《すりばち》」]のやうな形《かたち》をした巨大《おほき》な穴《あな》の中《なか》へ陷落《かんらく》して居《を》つた。
漸《やうやく》の事《こと》で起上《おきあが》つた水兵《すいへい》は、新月《しんげつ》の微《かすか》なる光《ひかり》に其《その》穴《あな》を眺《なが》めたが忽《たちま》ち絶叫《ぜつけう》した。
『砂《すな》すべりの谷《たに》! 砂《すな》すべりの谷《たに》!。』
讀者《どくしや》諸君《しよくん》は或《あるひ》は御存《ごぞん》じだらう、亞弗利加《アフリカ》の内地《ないち》や、又《また》は印度洋《インドやう》中《ちう》の或《ある》島《しま》には、かゝる塲所《ばしよ》のある事《こと》はよく冐險旅行記等《ぼうけんりよかうきなど》に書《か》いてあるが、此《この》「砂《すな》すべりの谷《たに》」程《ほど》世《よ》に恐《おそ》る可《べ》き所《ところ》は多《おほ》くあるまい、砂《すな》すべりの谷《たに》、一名《いちめい》を死《し》の谷《たに》と呼《よ》ばるゝ程《ほど》で、一度《いちど》此《この》穴《あな》の中《なか》へ陷落《かんらく》したるものは、到底《とうてい》免《の》がれ出《で》る事《こと》は出來《でき》ないのである。此《この》穴《あな》は外見《ぐわいけん》は左迄《さまで》巨大《きよだい》なものではない。廣《ひろ》さは直徑《さしわたし》三十ヤード位《ぐらい》、深《ふか》さは僅《わず》か一|丈《じやう》にも足《た》らぬ程《ほど》だから、鐵檻車《てつおりのくるま》の屋根《やね》へ上《のぼ》つたら、或《あるひ》は穴《あな》の外《そと》へ飛出《とびだ》す事《こと》も出來《でき》るやうだが、前《まへ》にも云《い》つた樣《やう》に擂盆《すりばち》の形《かたち》をなした穴《あな》の四邊《しへん》は實《じつ》に細微《さいび》なる砂《すな》で、此《この》砂《すな》は啻《たゞ》に細微《さいび》なるばかりではなく、一種《いつしゆ》不可思議《ふかしぎ》の粘着力《ねんちやくりよく》を有《いう》して居《を》る
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