》の深山《しんざん》に達《たつ》するに、鐵車《てつしや》の平均速力《へいきんそくりよく》が一|時間《じかん》に二|里《り》半《はん》として、往途《ゆき》に二日《ふつか》、建塔《けんたう》の爲《た》めに一|日《にち》、歸途《きと》二日《ふつか》、都合《つごふ》五日目《いつかめ》には、鐵車《てつしや》再《ふたゝ》び此處《こゝ》へ皈《かへ》つて、共《とも》に萬歳《ばんざい》を唱《とな》へる事《こと》が出來《でき》ませう。』
『あゝ。明朝《あすのあさ》まで待《ま》つのですか。』と武村兵曹《たけむらへいそう》は口《くち》をむくつかせ[#「むくつかせ」に傍点]たが、忽《たちま》ちポンと掌《たなごゝろ》を叩《たゝ》いて
『おゝ、それも左樣《さう》だ、私《わたくし》の考通《かんがへどう》りにも行《い》かないな、之《これ》から糧食《かて》を積入《つみい》れたり、飮料水《のみゝづ》の用意《ようゐ》をしたりして居《を》ると、矢張《やはり》出發《しゆつぱつ》は明朝《あすのあさ》になるわい。』と獨言《ひとりご》つ、此《この》男《をとこ》例《いつ》もながら慓輕《へうきん》な事《こと》よ。
鐵車《てつしや》が、いよ/\永久紀念塔《えいきゆうきねんたふ》を深山《しんざん》の頂《いたゞき》に建《た》てんが爲《た》めに、此處《こゝ》を出發《しゆつぱつ》するのは明朝《めうてう》午前《ごぜん》六時《ろくじ》と定《さだま》つたが、櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》は、海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》の運轉式《うんてんしき》も間近《まぢか》に迫《せま》つて居《を》るので、一日《いちにち》も此塲《このば》を立去《たちさ》る事《こと》叶《かな》はねば、そこで私《わたくし》と、日出雄少年《ひでをせうねん》と、武村兵曹《たけむらへいそう》と、他《た》に二名《にめい》の水兵《すいへい》とが、鐵車《てつしや》に乘組《のりく》む事《こと》になつた。猛犬稻妻《まうけんいなづま》も日出雄少年《ひでをせうねん》の懇望《こんもう》で、此《この》冐險旅行《ぼうけんりよかう》に隨《したが》ふ事《こと》になつた。
それより、鐵車《てつしや》に紀念塔《きねんたふ》を積入《つみい》れ、小銃《せうじう》、彈藥《だんやく》、飮料水《いんりようすい》、糧食等《りようしよくなど》の用意《ようゐ》に日《ひ》を暮《くら》して、さて其《その》翌日《
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