》を瞻《なが》めて居《を》つたが、忽《たちま》ち大聲《たいせい》に
『やあ、うまい/\、でも[#「でも」は底本では「ても」]よく動《うご》くわい、もう遲々《ぐず/\》しては居《を》られない。』と急《きふ》に走《はし》つて行《い》つて、此時《このとき》既《すで》に出來上《できあが》つて居《を》つた紀念塔《きねんたふ》を引擔《ひつかつ》いで來《き》た。塔《たう》は高《たか》さ三|尺《じやく》五|寸《すん》、三尖方形《さんせんほうけい》の大理石《だいりせき》で、其《その》滑《なめらか》なる表面《ひやうめん》には「大日本帝國新領地朝日島《だいにつぽんていこくしんりようちあさひとう》」なる十一|字《じ》が深《ふか》く刻《きざ》まれて、塔《たふ》の裏面《うら》には、發見《はつけん》の時日《じじつ》と、發見者《はつけんしや》櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》の名《な》とが、明《あきらか》に記銘《しる》されて居《を》るのだ。塔《たう》を擔《かつ》いで來《き》た武村兵曹《たけむらへいそう》は息《いき》を切《き》らしながら大佐《たいさ》に向《むか》ひ
『大佐閣下《たいさかつか》、鐵車《てつしや》も見事《みごと》に出來《でき》ましたれば、善《ぜん》は急《いそ》げで今《いま》から直《す》ぐと紀念塔《きねんたふ》を建《た》てに出發《しゆつぱつ》しては如何《どう》でせう、すると氣《き》も晴々《はれ/″\》しますから。』
大佐《たいさ》は滿面《まんめん》に笑《えみ》を堪《たゝ》へつゝ
『無論《むろん》躊躇《ちうちよ》する必要《ひつえう》はない、我《わ》が海底戰鬪艇《かいていせんとうてい》も、今日《けふ》から十|日目《かめ》の紀元節《きげんせつ》の當日《たうじつ》には、試運轉式《しうんてんしき》を行《おこな》ひ、其後《そのゝち》一週間《いつしゆうかん》以内《いない》には、總《すべ》ての凖備《じゆんび》を終《をは》つて、本島《ほんとう》を出發《しゆつぱつ》する豫定《よてい》だから、紀念塔《きねんたう》の建立《けんりつ》も其《その》以前《いぜん》に終《をは》らねば――。』と言《い》ひかけて私《わたくし》に向《むか》ひ
『其處《そこ》で、明日《あす》午前《ごぜん》六時《ろくじ》を以《もつ》て、鐵檻車《てつおりぐるま》の出發《しゆつぱつ》の時刻《じこく》と定《さだ》めませう、之《これ》から三十|里《り
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