ちやく》する半年《はんとし》程《ほど》前《まへ》、英國《えいこく》倫敦《ろんどん》でちら[#「ちら」に傍点]と耳《みゝ》にした、之《こ》れはもう今《いま》から三四|年《ねん》も前《まへ》の事《こと》だが、實《じつ》に殘念《ざんねん》な次第《しだい》である。其後《そのゝち》一高軍《いつかうぐん》は物《もの》の見事《みごと》に復讎《ふくしゆう》を遂《と》げたであらうが、若《も》し未《いま》だならば私《わたくし》は竊《ひそ》かに希望《きぼう》して居《を》るのである、他日《たじつ》我等《われら》が此《この》孤島《こたう》を去《さ》つて日本《につぽん》へ歸《かへ》つた後《のち》、武村兵曹《たけむらへいそう》若《も》し軍艦《ぐんかん》に乘《じやう》じ、又《また》は大佐《たいさ》の電光艇《でんくわうてい》と共《とも》に世界《せかい》の各港《かくかう》を廻《めぐ》り、一度《ひとたび》北亞米利加《きたアメリカ》の沿岸《えんがん》に到《いた》つたならば、晩香坡《ヴワンクーバー》の南街公園《サウサルンストレートパーク》に於《おい》て、若《もし》くば黄金門《ゴルデンゲート》の光《ひかり》輝《かゞや》く桑港《サンフランシスコ》の廣野《ひろば》に於《おい》て――何處《いづく》にてもよし、其處《そこ》に米艦《べいかん》「オリンピヤ」號《がう》の投錨《とうべう》せるを見《み》ば、此方《こなた》武村兵曹《たけむらへいそう》を投手《ピツチ》として、彼方《かなた》音《おと》に名高《なだか》きチヤーチ[#「チヤーチ」に傍線]の一軍《いちぐん》と華々《はな/″\》しき勝敗《しようはい》を决《けつ》せんことを。敵《てき》は米國軍艦《べいこくぐんかん》、我《われ》は帝國軍艦《ていこくぐんかん》、水雷《すいらい》砲火《ほうくわ》ならぬ陸上《りくじやう》の運動《うんどう》をもつて互《たがひ》に挑《いど》み鬪《たゝか》ふも亦《ま》た一興《いつきよう》であらうと思《おも》ふ。
日出雄少年《ひでをせうねん》は如何《いか》に! 少年《せうねん》も亦《ま》た我等《われら》の遊《あそび》仲間《なかま》である。何時《いつ》でも第《だい》一に其《その》運動塲《うんどうじやう》に驅《か》けて行《ゆ》くのは彼《かれ》だ、其《その》身體《しんたい》の敏捷《びんしやう》に動《うご》く事《こと》とどんな痛《いた》い目《め》にも痛《いた》い顏
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