私《わたくし》とを除《のぞ》いたら其《その》次《つぎ》の撰手《チヤンピオン》と云《い》つてもよからう、私《わたくし》は世界《せかい》漫遊《まんゆう》以來《いらい》久《ひさ》しく「ボール」を手《て》にせぬから餘程《よほど》技倆《ぎりよう》も落《お》ちたらうが、それでも遊撃手《シヨルトストツプ》の位置《ゐち》に立《た》たせたら本國《ほんごく》横濱《よこはま》のアマチユーア[#「アマチユーア」に二重傍線]倶樂部《くらぶ》の先生《せんせい》方《がた》には負《ま》けぬ積《つもり》で御坐《ござ》る。武村兵曹《たけむらへいそう》の技倆《ぎりよう》はまた格別《かくべつ》で、何處《どこ》で練習《れんしう》したものか、鐵《てつ》の樣《やう》な腕《うで》から九種《こゝのつ》の魔球《カーブ》を捻《ひね》り出《だ》す[#「捻《ひね》り出《だ》す」は底本では「捻《ひね》り出《だ》ず」]工合《ぐあひ》は悽《すさ》まじいもので、兵曹《へいそう》を投手《ピツチ》にすると敵手《あひて》になる組《くみ》はなく、また打棒《バツト》が折《を》れて/\堪《たま》らぬので、此頃《このごろ》では大概《たいがい》左翼《レフト》の方《ほう》へ廻《まは》して居《を》るが、先生《せんせい》其處《そこ》からウンと力《ちから》を込《こ》めて熱球《ダイレクト》を投《な》げると、其《その》球《たま》がブーンと捻《うな》り聲《ごゑ》を放《はな》つて飛《と》んで來《く》る有樣《ありさま》、イヤ其《その》球《たま》が頭《あたま》へでも當《あた》つたら、此世《このよ》の見收《みをさ》めだと思《おも》ふと、氣味《きみ》が惡《わる》くて仲々《なか/\》手《て》も出《だ》せない程《ほど》である。大佐等《たいさら》一行《いつかう》が此《この》島《しま》へ來《き》たのは私《わたくし》より餘程《よほど》前《まへ》で、其《その》留守中《るすちう》、米國軍艦《べいこくぐんかん》「オリンピヤ」號《がう》が横濱《よこはま》へやつて來《き》て、音《おと》に名高《なだか》き、チヤーチ[#「チヤーチ」に傍線]の熱球《ねつきゆう》、魔球《まきゆう》が、我國《わがくに》野球界《やきゆうかい》の覇王《はわう》ともいふ可《べ》き第《だい》一|高等學校《かうとうがくかう》の撰手《せんしゆ》を打破《うちやぶ》つた事《こと》は、私《わたくし》が此《この》島《しま》へ漂着《へう
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