山《しんざん》へ持《も》つて行《い》つて建《た》てゝ來《く》るのだ、紀念塔《きねんたう》の表面《ひやうめん》には、ちやんと朝日島《あさひじま》と刻《きざ》んで、此處《こゝ》は日本帝國《につぽんていこく》の領地《りようち》で御坐《ござ》る、何年《なんねん》、何月《なんげつ》、何日《なんにち》、櫻木海軍大佐《さくらぎかいぐんたいさ》之《これ》を發見《はつけん》すと記《しる》して置《お》くのだ。すると、吾等《われら》が此《この》島《しま》を立去《たちさ》つた後《あと》で、外國人《ぐわいこくじん》共《ども》がやつて來《き》ても大丈夫《だいじやうぶ》です。何《なに》、海岸《かいがん》邊《へん》の日《ひ》の丸《まる》の旗《はた》を押倒《おしたを》して、獅子《しゝ》だの、鷲印《わしじるし》の旗《はた》なんか立《た》てた處《ところ》で無益《だめだ》/\。此《この》紀念塔《きねんたふ》の建《た》てられた深山《しんざん》までは、危險《きけん》だから誰《たれ》も行《い》けない、行《い》かなければ其樣《そん》な證據物《しようこぶつ》のある事《こと》は知《し》らないで居《を》る。※[#「一/力」、210−5]一《まんいち》行《い》けば忽《たちま》ち猛獸《まうじう》毒蛇《どくじや》に喰殺《くひころ》されてしもうから、死《し》んだ人間《にんげん》は無《な》いも同然《どうぜん》。そこで、外國人《ぐわいこくじん》が吾等《われら》の立去《たちさ》つた後《あと》で、此《この》島《しま》へ上陸《じやうりく》して、此處《こゝ》は自分《じぶん》が、第一《だいいち》に發見《はつけん》した島《しま》だなんかと、管《くだ》を卷《ま》ひたつて無益《だめ》と申《もう》すのだ。此方《こつち》にはちやんと證據物件《しようこぶつけん》が厶《ござ》る、そんなに八釜《やかま》しく言《い》ふなら、サア來《き》て見《み》なせいと云《い》つて、山奧《やまおく》へ連《つ》れて行《い》つて、其《その》紀念塔《きねんたふ》を見《み》せてやるのだ、どうだい此《この》字《じ》が讀《よ》めぬか「明治《めいじ》何年《なんねん》、何月《なんげつ》、何日《なんにち》、大日本帝國《だいにつぽんていこく》海軍大佐櫻木重雄《かいぐんたいささくらぎしげを》本島《ほんとう》を發見《はつけん》す、今《いま》は大日本帝國《だいにつぽんていこく》の占領地《せんりようち
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