《ゆ》く人《ひと》を送《おく》るかの如《ごと》く、頻《しき》りに涙《なみだ》を流《なが》して居《を》る。
私《わたくし》は何故《なぜ》ともなく異樣《ゐやう》に感《かん》じた。
『オヤ、亞尼《アンニー》がまた詰《つま》らぬ事《こと》を考《かんが》へて泣《な》いて居《を》りますよ。』と、春枝夫人《はるえふじん》は良人《おつと》の顏《かほ》を眺《なが》めた。
頓《やが》て、此《この》集會《つどひ》も終《をは》ると、十|時《じ》間近《まぢか》で、いよ/\弦月丸《げんげつまる》へ乘船《のりくみ》の時刻《じこく》とはなつたので、濱島《はまじま》の一家族《いつかぞく》と、私《わたくし》とは同《おな》じ馬車《ばしや》で、多《おほく》の人《ひと》に見送《みおく》られながら波止塲《はとば》に來《きた》り、其邊《そのへん》の或《ある》茶亭《ちやてい》に休憇《きうけい》した、此處《こゝ》で彼等《かれら》の間《あひだ》には、それ/\袂別《わかれ》の言《ことば》もあらうと思《おも》つたので、私《わたくし》は氣轉《きてん》よく一人《ひとり》離《はな》れて波打際《なみうちぎは》へと歩《あゆ》み出《だ》した。
此時《このとき》にふと心付《こゝろつ》くと、何者《なにもの》か私《わたくし》の後《うしろ》にこそ/\と尾行《びかう》して來《く》る樣子《やうす》、オヤ變《へん》だと振返《ふりかへ》る、途端《とたん》に其《その》影《かげ》は轉《まろ》ぶが如《ごと》く私《わたくし》の足許《あしもと》へ走《はし》り寄《よ》つた。見《み》ると、こは先刻《せんこく》送別《そうべつ》の席《せき》で、只《たゞ》一人《ひとり》で泣《な》いて居《を》つた亞尼《アンニー》と呼《よ》べる老女《らうぢよ》であつた。
『おや、お前《まへ》は。』と私《わたくし》は歩行《あゆみ》を止《と》めると、老女《らうぢよ》は今《いま》も猶《な》ほ泣《な》きながら
『賓人《まれびと》よ、お|願《ねが》ひで厶《ござ》ります。』と兩手《りやうて》を合《あは》せて私《わたくし》を仰《あほ》ぎ見《み》た。
『お前《まへ》は亞尼《アンニー》とか云《い》つたねえ、何《なん》の用《よう》かね。』と私《わたくし》は靜《しづ》かに問《と》ふた。老女《らうぢよ》は虫《むし》のやうな聲《こゑ》で『賓人《まれびと》よ。』と暫時《しばし》私《わたくし》の顏《かほ》を眺《なが》
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