くし》の家《いへ》より。』と夫人《ふじん》とも/″\切《せつ》に勸《すゝ》めるので、元來《ぐわんらい》無遠慮勝《ぶゑんりよがち》の私《わたくし》は、然《さ》らば御意《ぎよゐ》の儘《まゝ》にと、旅亭《やどや》の手荷物《てにもつ》は當家《たうけ》の馬丁《べつとう》を取《と》りに使《つか》はし、此處《こゝ》から三人《みたり》打揃《うちそろ》つて出發《しゆつぱつ》する事《こと》になつた。
いろ/\の厚《あつ》き待遇《もてなし》を受《う》けた後《のち》、夜《よる》の八|時《じ》頃《ごろ》になると、當家《たうけ》の番頭《ばんとう》手代《てだい》をはじめ下婢《かひ》下僕《げぼく》に至《いた》るまで、一同《いちどう》が集《あつま》つて送別《そうべつ》の催《もようし》をする相《さう》で、私《わたくし》も招《まね》かれて其《その》席《せき》へ連《つら》なつた。春枝夫人《はるえふじん》は世《よ》にすぐれて慈愛《じひ》に富《と》める人《ひと》、日出雄少年《ひでをせうねん》は彼等《かれら》の間《あひだ》に此上《こよ》なく愛《めで》重《おもん》せられて居《を》つたので、誰《たれ》とて袂別《わかれ》を惜《をし》まぬものはない、然《しか》し主人《しゆじん》の濱島《はまじま》は東洋《とうやう》の豪傑《がうけつ》風《ふう》で、泣《な》く事《こと》などは大厭《だいきらひ》の性質《たち》であるから一同《いちどう》は其《その》心《こゝろ》を酌《く》んで、表面《うはべ》に涙《なみだ》を流《なが》す者《もの》などは一人《ひとり》も無《な》かつた。イヤ、茲《こゝ》に只《たゞ》一人《いちにん》特別《とくべつ》に私《わたくし》の眼《め》に止《とゞま》つた者《もの》があつた。それは席《せき》の末座《まつざ》に列《つらな》つて居《を》つた一個《ひとり》の年老《としをい》たる伊太利《イタリー》の婦人《ふじん》で、此《この》女《をんな》は日出雄少年《ひでをせうねん》の保姆《うば》にと、久《ひさ》しき以前《いぜん》に、遠《とほ》き田舍《ゐなか》から雇入《やとひい》れた女《をんな》の相《さう》で、背《せ》の低《ひく》い、白髮《しらがあたま》の、極《ご》く正直《しやうじき》相《さう》な老女《らうぢよ》であるが、前《さき》の程《ほど》より愁然《しゆうぜん》と頭《かうべ》を埀《た》れて、丁度《ちやうど》死出《しで》の旅路《たびぢ》に行
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