五分《ごぶん》の一《いち》程《ほど》になつて居《を》つたのを、徒然《つれ/″\》なるまゝ、私《わたくし》が無理《むり》に引受《ひきう》けたので、其《その》飜譯《ほんやく》の全《まつた》く終《をは》つた頃《ころ》、大佐《たいさ》は例《れい》の樣《やう》に、夕暮《ゆふぐれ》の海岸《かいがん》を一隊《いつたい》の水兵《すいへい》と共《とも》に歸《かへ》つて來《き》た。
昨夜《さくや》も、一昨夜《いつさくや》も、夕食《ゆふしよく》果《は》てゝ後《のち》は部室《へや》の窓《まど》を開放《あけはな》して、海《うみ》から送《おく》る凉《すゞ》しき風《かぜ》に吹《ふ》かれながら、さま/″\の雜談《ざつだん》に耽《ふけ》るのが例《れい》であつた。今宵《こよひ》もおなじ樣《やう》に、白《しろ》い窓掛《まどかけ》の搖《ゆる》ぐほとりに倚子《ゐす》を並《なら》べた時《とき》、櫻木大佐《さくらぎたいさ》は稍《や》や眞面目《まじめ》に私《わたくし》に向《むか》つて。
『今夜《こんや》は更《あらたま》つて、少《すこ》しお話《はな》し申《もう》す事《こと》がある。』と私《わたくし》の顏《かほ》を凝視《みつ》めた。
更《あらたま》つての話《はなし》とは何事《なにごと》だらうと、私《わたくし》も俄《にわ》かに形《かたち》を改《あらた》めると、大佐《たいさ》は吸殘《すひのこ》りの葉卷《はまき》をば、窓《まど》の彼方《かなた》に投《な》げやりて、靜《しづ》かに口《くち》を開《ひら》いた。
『柳川君《やながはくん》、私《わたくし》は※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、171−12]《すぐ》る日《ひ》黄乳樹《わうにうじゆ》の林《はやし》の邊《へん》で、圖《はか》らずも君等《きみら》の急難《きふなん》をお助《たす》け申《もう》した時《とき》から、左樣《さう》思《おも》つて居《を》つたのです。稀《まれ》にも人《ひと》の來《く》べき筈《はづ》のない此樣《こん》な離《はな》れ島《じま》へ、偶然《ぐうぜん》とはいへ、昔馴染《むかしなじみ》の君《きみ》の見《み》へたのは、全《まつた》く天《てん》の導《みちびき》のやうなもので、之《これ》から數年間《すうねんかん》、同《おな》じ家《いへ》に、同《おな》じ月《つき》を眺《なが》めて暮《くら》すやうな運命《うんめい》になつたのも、何《なに》かの因縁《いんねん》でせう。
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