《かくご》の前《まへ》です。』と私《わたくし》は答《こた》へて
『たゞ無用《むよう》なる吾等《われら》が、徒《いたづ》らに貴下等《きから》を煩《わずら》はすのを憂《うれ》ふるのみです。』と語《かた》ると、大佐《たいさ》は急《いそ》ぎ其《その》言《げん》を遮《さへぎ》り
『いや/\、私《わたくし》は却《かへつ》て、天外《てんぐわい》※[#「一/力」、164−6]里《ばんり》の此樣《こん》な島《しま》から、何時《いつ》までも、君等《きみら》に故郷《こきよう》の空《そら》を望《のぞ》ませる事《こと》を情《なさけ》なく感《かん》ずるのです。』と嘆息《たんそく》しつゝ
『あゝ、此樣《こん》な時《とき》に、せめて浪《なみ》の江丸《えまる》が無難《ぶなん》であつたらば。』と武村兵曹《たけむらへいそう》の顏《かほ》を見《み》た。
浪《なみ》の江丸《えまる》とは、例《れい》の反古《はご》新聞《しんぶん》に記《しる》されて居《を》つた名《な》で、はじめ、大佐《たいさ》の一行《いつかう》を此《この》島《しま》へ搭《の》せて來《き》た一大《いちだい》帆前船《ほまへせん》、あゝ、あの船《ふね》も、今《いま》は何《なに》かの理由《りいう》で、此《この》海岸《かいがん》にあらずなつたかと、私《わたくし》は窓《まど》の硝子越《がらすご》しに海面《かいめん》を眺《なが》めると、星影《ほしかげ》淡《あわ》き波上《はじやう》には、一二|艘《そう》淋《さび》し氣《げ》に泛《うか》んで居《を》る小端艇《せうたんてい》の他《ほか》には、此《この》大海原《おほうなばら》を渡《わた》るとも見《み》ゆべき一艘《いつそう》の船《ふね》もなかつた。
武村兵曹《たけむらへいそう》は腕《うで》を組《く》んで
『さあ、斯《か》うなると惜《を》しい事《こと》をした。浪《なみ》の江丸《えまる》さへ無事《ぶじ》であつたら、私《わたくし》が巧《うま》く舵《かぢ》をとつて、直《す》ぐに日本《につぽん》まで送《おく》つてあげるのだが、此前《このまへ》の大嵐《おほあらし》の晩《ばん》に、とうとう磯《いそ》に打上《うちあ》げられて、めちや/\になつて仕舞《しま》つたから、今更《いまさら》何《なん》といふても仕方《しかた》が無《な》い。』と言《い》ひつゝ少年《せうねん》に向《むか》ひ
『だが、此《この》島《しま》も仲々《なか/\》面白《おもし
前へ 次へ
全302ページ中133ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
押川 春浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング