》を開《ひら》いた。
『けれど、私《わたくし》は常《つね》に確信《かくしん》して居《ゐ》ます、天《てん》には一種《いつしゆ》の不思議《ふしぎ》なる力《ちから》があつて、身《み》も心《こゝろ》も美《うつ》くしき人《ひと》は、屡々《しば/″\》九死《きゆうし》の塲合《ばあひ》に瀕《ひん》しても、意外《いぐわい》の救助《すくひ》を得《う》る事《こと》のあるものです。』と言《い》ひながら今《いま》しも懷《なつ》かしき母君《はゝぎみ》の噂《うわさ》の出《い》でたるに、逝《ゐ》にし夜《よ》の事《こと》ども懷《おも》ひ起《おこ》して、愁然《しゆうぜん》たる日出雄少年《ひでをせうねん》の頭髮《かしら》を撫《な》でつゝ
『私《わたくし》はどうも春枝夫人《はるえふじん》は、其後《そのゝち》無事《ぶじ》に救《すく》はれた樣《やう》に想《おも》はれる。此樣《こん》な事《こと》を云《い》ふと妙《めう》だが、人《ひと》は[#「人《ひと》は」は底本では「人《ひと》はは」]一種《いつしゆ》の感應《かんおう》があつて、私《わたくし》の如《ごと》きは昔《むかし》からどんな遠方《えんぽう》に離《はな》れて居《を》る人《ひと》でも、『あの人《ひと》は未《ま》だ無事《ぶじ》だな』と思《おも》つて居《を》る人《ひと》に、死《しん》だ例《ためし》はないのです。それで、私《わたくし》は今《いま》、春枝夫人《はるえふじん》が波間《なみま》に沈《しづ》んだと聞《き》いても、どうも不幸《ふこう》なる最後《さいご》を遂《と》げられたとは思《おも》はれない、或《あるひ》は意外《いぐわい》の救助《すくひ》を得《え》て、子ープルス[#「子ープルス」に二重傍線]なる良君《をつと》の許《もと》へ皈《かへ》つて、今頃《いまごろ》は却《かへつ》て、君等《きみら》の身《み》の上《うへ》を憂慮《うれひ》て居《を》るかも知《し》れませんよ。』と言葉《ことば》を切《き》つて、淋《さび》し相《さう》に首《くび》項垂《うなだ》れて居《を》る日出雄少年《ひでをせうねん》の項《うなじ》に手《て》を掛《か》け
『それに就《つ》けても、惡《にく》む可《べ》きは海賊船《かいぞくせん》の振舞《ふるまひ》、かゝる惡逆無道《あくぎやくむだう》の船《ふね》は、早晩《はやかれおそかれ》木葉微塵《こつぱみぢん》にして呉《く》れん。』と、明眸《めいぼう》に凛乎《りんこ》
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