れ、前《まへ》は果《はて》しなき印度洋《インドやう》に面《めん》し、後《うしろ》は美麗《びれい》なる椰子《やし》の林《はやし》に蔽《おほ》はれて居《を》る。勿論《もちろん》、此樣《こん》な絶島《ぜつたう》の事《こと》だから、决《けつ》して立派《りつぱ》な建築《たてもの》ではない、けれど可《か》なり巨大《おほき》な板家《いたや》で、門《もん》には海軍《かいぐん》の家《いへ》と筆太《ふでぶと》に記《しる》され、長《なが》き、不恰好《ぶかくかう》な室《へや》が何個《いくつ》も並《なら》んで見《み》へるのは、部下《ぶか》卅七|名《めい》の水兵等《すいへいら》と同居《どうきよ》の爲《ため》だらう。二階《にかい》に稍《や》や體裁《ていさい》よき三個《みつつ》の室《へや》、其《その》一室《ひとま》の窓《まど》に、白《しろ》い窓掛《まどかけ》が風《かぜ》に搖《ゆる》いで居《を》る所《ところ》は、確《たしか》に大佐《たいさ》の居間《ゐま》と思《おも》はるゝ。
吾等《われら》が其《その》家《いへ》に近《ちか》づいた時《とき》、日出雄少年《ひでをせうねん》を肩《かた》にした武村兵曹《たけむらへいそう》は一散《いつさん》に走《はし》つて行《い》つて、快活《くわいくわつ》な聲《こえ》で叫《さけ》んだ。
『サア、皆《みな》の水兵《ものども》出《で》た/\、大佐閣下《たいさかくか》のお皈《かへ》りだよ、それに、珍《めづ》らしい賓人《おきやくさん》と、可愛《かあい》らしい少年《せうねん》とが御坐《ござ》つた、早《はや》く出《で》て御挨拶《ごあいさつ》申《まう》せ/\。』
聲《こえ》に應《おう》じて、家《いへ》に殘《のこ》つて居《を》つた一團《いちだん》の水兵《すいへい》は一同《みな》部室《へや》から飛《と》んで出《で》た。いづれも鬼神《きじん》を挫《ひし》がんばかりなる逞《たく》ましき男《をとこ》が、家《いへ》の前面《ぜんめん》に一列《いちれつ》に並《なら》んで、恭《うやうや》しく敬禮《けいれい》を施《ほどこ》した。武村兵曹《たけむらへいそう》は彼等《かれら》の仲間《なかま》でも羽振《はぶ》りよき男《をとこ》、何《なに》か一言《ひとこと》二言《ふたこと》いふと、勇《いさ》ましき水兵《すいへい》の一團《いちだん》は、等《ひと》しく帽《ぼう》を高《たか》く飛《とば》して、萬歳《ばんざい》を叫《さけ》ん
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