まで》進《すゝ》んで見《み》る積《つも》りだ。
先《ま》づ進行《しんかう》の方向《ほうかう》を定《さだ》めねばと、吾等《われら》は林《はやし》の間《あひだ》を※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、136−12]《す》ぎて丘《をか》の絶頂《いたゞき》に登《のぼ》つた。眺望《てうぼう》すると、北《きた》の一方《いつぽう》は吾等《われら》が渡《わた》つて來《き》た大洋《たいやう》で、水天髣髴《すいてんほうふつ》として其《その》盡《つく》る所《ところ》を知《し》らず、眼下《がんか》に瞰《み》おろす海岸《かいがん》には、今《いま》乘捨《のりす》てゝ來《き》た端艇《たんてい》がゆらり/\と波《なみ》に揉《も》まれて、何時《いつ》の間《ま》に集《あつま》つて來《き》たか、海鳥《かいてう》の一簇《ひとむれ》が物珍《ものめづ》らし相《さう》に其《その》周圍《めぐり》を飛廻《とびまわ》つて居《を》る。東《ひがし》と西《にし》と南《みなみ》の三方《さんぽう》は此《この》島《しま》の全面《ぜんめん》で、見渡《みわた》す限《かぎ》り青々《あを/\》とした森《もり》つゞき、處々《ところ/″\》に山《やま》もある、谷《たに》も見《み》える、また※[#「二点しんにょう+向」、第3水準1−92−55]《はる》か/\の先方《むかう》に銀色《ぎんしよく》の一帶《いつたい》の隱見《いんけん》して居《を》るのは、其邊《そのへん》に一流《いちりう》の河《かは》のある事《こと》が分《わか》る。
私《わたくし》は此《この》光景《くわうけい》を見《み》て實《じつ》に失望《しつばう》した、見渡《みわた》した所《ところ》此《この》島《しま》の模樣《もやう》は疑《うたがひ》もなき無人島《むじんとう》! かく全島《ぜんたう》が山《やま》と、森《もり》と、谷《たに》とで蔽《おほ》はれて居《を》つては、今更《いまさら》何處《どこ》へと方向《ほうがく》を定《さだ》める事《こと》も出來《でき》ぬのである、之《これ》からあんな深山幽谷《しんざんいうこく》に進入《しんにふ》するのは、却《かへつ》て危險《きけん》を招《まね》くやうなものだから、島《しま》の探險《たんけん》は一先《ひとま》づ中止《ちうし》して、兎《と》も角《かく》も再《ふたゝ》び海岸《かいがん》に皈《かへ》らんと踵《きびす》を廻《めぐ》らす途端《とたん》、日出雄少
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