はら》も充分《じゆうぶん》になると、次《つぎ》に起《おこ》つて來《き》た問題《もんだい》は、一躰《いつたい》此《この》島《しま》は如何《いか》なる島《しま》だらう、見渡《みわた》す處《ところ》、隨分《ずいぶん》巨大《きよだい》な島《しま》の樣《やう》だが、世界輿地圖《せかいよちづ》の表面《ひやうめん》に現《あら》はれて居《を》るものであらうか、矢張《やはり》印度洋《インドやう》中《ちう》の孤島《ことう》だらうか、それともズツト東方《ひがし》に偏《へん》して、ボル子オ[#「ボル子オ」に二重傍線]群島《ぐんとう》の一つにでも屬《ぞく》して居《を》るのではあるまいか。氣※[#「候」の「ユ」に代えて「工」、135−12]《きかう》の工合《ぐあひ》や、草木《さうもく》の種類《しゆるい》などで觀《み》ると、亞弗利加《アフリカ》の沿岸《えんがん》にも近《ちか》い樣《やう》な氣持《きもち》もする。然《しか》し此樣《こん》な事《こと》は如何《いか》に考《かんが》へたとて分《わか》る筈《はづ》のものでない、それよりは此《この》島《しま》は元來《ぐわんらい》無人島《むじんとう》か、否《いな》かゞ一大《いちだい》問題《もんだい》だ、無人島《むじんとう》ならばそれ/\別《べつ》に覺悟《かくご》する處《ところ》もあるし、よし人《ひと》の住居《すまひ》して居《を》る島《しま》にしても、懼《おそ》る可《べ》き野蠻人《やばんじん》の巣窟《さうくつ》でゞもあればそれこそ一大事《いちだいじ》、早速《さつそく》遁出《にげだ》す工夫《くふう》を廻《めぐ》らさねばならぬ、それを知《し》るには兎《と》も角《かく》も此《この》島《しま》を一周《いつしう》して見《み》なければならぬと考《かんが》へたので、少年《せうねん》と手《て》を携《たづさ》へてそろ/\と歩《あゆ》み出《だ》した。島《しま》の一周《いつしう》といつて、此《この》島《しま》はどの位《くら》い廣《ひろ》いものやら、また道中《だうちう》に如何《いか》なる危險《きけん》があるかも分《わか》らぬが、此處《こゝ》に漠然《ぼんやり》として居《を》つて、島《しま》の素性《すじやう》も分《わか》らず氣味惡《きみわる》く一夜《いちや》を明《あか》すよりは勝《まし》だと考《かんが》へたので、之《これ》より足《あし》の續《つゞ》かん限《かぎ》り日《ひ》の暮《く》るゝ迄《
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