の綱《つな》と頼《たの》む沙魚《ふか》の肉《にく》がそろ/\腐敗《ふはい》し始《はじ》めた事《こと》である。最初《さいしよ》から多少《たせう》此《この》心配《しんぱい》の無《な》いでもなかつたが、兎《と》に角《かく》、世《よ》に珍《めづ》らしき巨大《きよだい》の魚《うを》の、左樣《さう》容易《ようい》に腐敗《ふはい》する事《こと》もあるまいと油斷《ゆだん》して居《を》つたが、其《その》五日目《いつかめ》の朝《あさ》、私《わたくし》はふとそれと氣付《きづ》いた。然《しか》し今《いま》の塲合《ばあひ》何《なに》も言《い》はずに辛抱《しんばう》して喰《く》つたが、印度洋《インドやう》の炎熱《えんねつ》が、始終《しじう》其上《そのうへ》を燒《や》く樣《やう》に照《てら》して居《を》るのだから堪《たま》らない、其《その》晝食《ちうしよく》の時《とき》、一口《ひとくち》口《くち》にした無邪氣《むじやき》の少年《せうねん》は、忽《たちま》ち其《その》肉《にく》を海上《かいじやう》に吐《は》き出《だ》して、
『おや/\、どうしたんでせう、此《この》魚《さかな》は變《へん》な味《あぢ》になつてよ。』と叫《さけ》んだのは、實《じつ》に心細《こゝろぼそ》い次第《しだい》であつた。
夕方《ゆふがた》になると、最早《もはや》畢世《ひつせい》の勇氣《ゆうき》を振《ふる》つても、とても口《くち》へ入《い》れる心《こゝろ》は出《で》ぬ。さりとて此《この》大事《だいじ》な生命《いのち》の綱《つな》を、むさ/″\海中《かいちう》に投棄《なげす》てるには忍《しの》びず、なるべく艇《てい》の隅《すみ》の方《ほう》へ押遣《おしや》つて、またもや四五|日《にち》前《まへ》のあはれな有樣《ありさま》を繰返《くりかへ》して一夜《いちや》を明《あか》したが、翌朝《よくあさ》になると、ほと/\堪《た》えられぬ臭氣《しゆうき》、氣《き》も、魂《たましひ》も、遠《とう》くなる程《ほど》で、最早《もはや》此《この》腐《くさ》つた魚《さかな》とは一刻《いつこく》も同居《どうきよ》し難《がた》く、無限《むげん》の恨《うらみ》を飮《の》んで、少年《せうねん》と二人《ふたり》で、沙魚《ふか》の死骸《しがい》をば海底《かいてい》深《ふか》く葬《ほうむ》つてしまつた。
サア、これからは又々《また/\》斷食《だんじき》、此《この》日《ひ
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