ど》は西南《せいなん》から東方《とうほう》に向《むか》ひ、マルヂヴエ[#「マルヂヴエ」に二重傍線]群島《ぐんとう》の邊《へん》から南方《なんほう》に向《むか》つて走《はし》るなる、一層《いつそう》流勢《ながれ》の速《はや》い潮流《てうりう》に吸込《すひこ》まれて居《を》ると覺《さと》つた時《とき》、思《おも》はず驚愕《おどろき》の聲《こゑ》を發《はつ》した事《こと》と、甞《かつ》て物《もの》の本《ほん》で讀《よ》んだ夥《おびたゞ》しき鯨《くぢら》の群《むれ》を遙《はるか》の海上《かいじやう》に眺《なが》めた事《こと》の他《ほか》は、何《なに》の變《かは》つた事《こと》もない。勿論《もちろん》、今《いま》の境涯《きやうがい》とて决《けつ》して平和《へいわ》な境涯《きやうがい》ではないが、すでに腹《はら》に充分《じゆうぶん》の力《ちから》があるので、※[#「過」の「咼」に代えて「咼の左右対称」、129−11]《すぐ》る日《ひ》よりは餘程《よほど》元氣《げんき》もよく、赫々《かく/\》たる熱光《ねつくわう》の下《した》、日出雄少年《ひでをせうねん》は私《わたくし》の顏《かほ》を見詰《みつ》めて『おや/\、叔父《おぢ》さんは何時《いつ》の間《ま》にか、黒奴《くろんぼ》になつてしまつてよ。』と自分《じぶん》の顏《かほ》は自分《じぶん》には見《み》えず、昨日《きのふ》の美少年《びせうねん》も、今《いま》は日《ひ》に燒《や》け、潮風《しほかぜ》に吹《ふ》かれて、恰《あだか》も炭團屋《たどんや》の長男《ちやうなん》のやうになつた事《こと》には氣《き》の付《つ》かぬ無邪氣《むじやき》さ、只更《ひたすら》私《わたくし》の顏《かほ》を指《ゆびさ》し笑《わら》つたなど、苦《くる》しい間《あひだ》にも隨分《ずいぶん》滑※[#「(禾+尤)/上/日」、130−5]《こつけい》な話《はなし》だ。其日《そのひ》も暮《く》れ、翌日《よくじつ》は來《きた》つたが矢張《やはり》水《みづ》や空《そら》なる大洋《たいやう》の面《おもて》には、一點《いつてん》の島影《しまかげ》もなく、※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]船《きせん》の煙《けむり》も見《み》えぬのである。
然《しか》るに茲《こゝ》に一大《いちだい》事件《じけん》が起《おこ》つた。それは他《ほか》でもない、吾等《われら》が生命《せいめい》
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