巨大《おほき》な魚《うを》で、殆《ほと》んど端艇《たんてい》の二分《にぶん》の一《いち》を塞《ふさ》いでしまつた。
『まあ、醜《みにく》い魚《さかな》です事《こと》。』と少年《せうねん》は氣味惡《きみわる》相《さう》に、其《その》堅固《けんご》なる魚頭《かしら》を叩《たゝ》いて見《み》た。
『はゝゝゝゝ。酷《ひど》い目《め》に逢《あ》つたよ。然《しか》しこれで當分《たうぶん》餓死《うゑじに》する氣遣《きづかひ》はない。』と私《わたくし》は直《たゞ》ちに小刀《ナイフ》を取出《とりだ》した。勿論《もちろん》沙魚《ふか》といふ魚《さかな》は左程《さほど》美味《びみ》なものではないが、此《この》塲合《ばあひ》にはいくら[#「いくら」に傍点]喰《く》つても喰足《くひた》らぬ心地《こゝち》。
『日出雄《ひでを》さん、餘《あんま》りやると胃《ゐ》を損《そん》じますよ。』と氣遣《きづかひ》顏《がほ》の私《わたくし》さへ、其《その》生臭《なまくさ》い肉《にく》を口中《こうちう》充滿《いつぱい》に頬張《ほうば》つて居《を》つたのである。
此《この》大漁獲《だいりよう》があつたので、明日《あす》からは餓死《うゑじに》の心配《しんぱい》はないと思《おも》ふと、人間《にんげん》は正直《せうじき》なもので、其《その》夜《よ》の夢《ゆめ》はいと安《やす》く、朝《あさ》の寢醒《ねざめ》も何時《いつ》になく胸《むね》穩《おだやか》であつた。
其《その》翌日《よくじつ》は、漂流《へうりう》以來《いらい》はじめて少《すこ》し心《こゝろ》が落付《おちつ》いて、例《れい》の雨水《あめみづ》を飮《の》み、沙魚《ふか》の肉《にく》に舌皷《したつゞみ》打《う》ちつゝ、島影《しまかげ》は無《な》きか、※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]船《きせん》の煙《けむり》は見《み》へぬかと始終《しじう》氣《き》を配《くば》る、けれど此《この》日《ひ》は何物《なにもの》も眼《まなこ》を遮《さへぎ》るものとてはなく、其《その》翌日《よくじつ》も、空《むな》しく蒼渺《さうびやう》たる大海原《おほうなばら》の表面《ひやうめん》を眺《なが》むるばかりで、たゞ我《わが》端艇《たんてい》は沙魚《ふか》の爲《ため》に前《まへ》の潮流《てうりう》を引出《ひきい》だされ、今《いま》は却《かへつ》て反對流《はんたいりう》とて、今度《こん
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