た。
『つい昔話《むかしばなし》の面白《おもしろ》さに申遲《まうしおく》れたが、實《じつ》は早急《さつきふ》なのですよ、今夜《こんや》十一|時《じ》半《はん》の※[#「さんずい+氣」、第4水準2−79−6]船《きせん》で日本《くに》へ皈《かへ》る一方《いつぱう》なんです。』
『えい、君《きみ》も?。』と彼《かれ》は眼《め》を見張《みは》つて。
『矢張《やはり》今夜《こんや》十一|時《じ》半《はん》出帆《しゆつぱん》の弦月丸《げんげつまる》で?。』
『左樣《さやう》、殘念《ざんねん》ながら、西班牙《イスパニヤ》や、亞弗利加《アフリカ》の方《はう》は今度《こんど》は斷念《だんねん》しました。』と、私《わたくし》がキツパリと答《こた》へると、彼《かれ》はポンと膝《ひざ》を叩《たゝ》いて
『やあ、奇妙《きめう》々々。』
何《なに》が奇妙《きめう》なのだと私《わたくし》の審《いぶか》る顏《かほ》を眺《なが》めつゝ、彼《かれ》は言《ことば》をつゞけた。
『何《な》んと奇妙《きめう》ではありませんか、これ等《ら》が天《てん》の紹介《ひきあはせ》とでも云《い》ふものでせう、實《じつ》は私《わたくし》の妻子《さいし》も、今夜《こんや》の弦月丸《げんげつまる》で日本《につぽん》へ皈國《かへり》ますので。』
『え、君《きみ》の細君《さいくん》と御子息《ごしそく》※[#疑問符感嘆符、1−8−77]』と私《わたくし》は意外《いぐわい》に※[#「口+斗」、8−11]《さけ》んだ。十|年《ねん》も相《あひ》見《み》ぬ間《あひだ》に、彼《かれ》に妻子《さいし》の出來《でき》た事《こと》は何《なに》も不思議《ふしぎ》はないが、實《じつ》は今《いま》の今《いま》まで知《し》らなんだ、况《いは》んや其人《そのひと》が今《いま》本國《ほんごく》へ皈《かへ》るなどゝは全《まつた》く寢耳《ねみゝ》に水《みづ》だ。
濱島《はまじま》は聲《こゑ》高《たか》く笑《わら》つて
『はゝゝゝゝ。君《きみ》はまだ私《わたくし》の妻子《さいし》を御存《ごぞん》じなかつたのでしたね。これは失敬《しつけい》々々。』と急《いそが》はしく呼鈴《よびりん》を鳴《な》らして、入《いり》來《きた》つた小間使《こまづかひ》に
『あのね、奧《おく》さんに珍《めづ》らしいお客樣《きやくさま》が……。』と言《い》つたまゝ私《わたくし》の方《はう》
前へ 次へ
全302ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
押川 春浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング