ありません、貴女《あなた》と少年《せうねん》とは如何《どう》しても助《たすか》らねばなりません、私《わたくし》が濟《す》まない/\。』と叫《さけ》んで見渡《みわた》すと此時《このとき》第二《だいに》の端艇《たんてい》も下《お》りた、第三《だいさん》の端艇《たんてい》も下《お》りた、けれど其《その》附近《ふきん》は以前《いぜん》にも増《ま》す混雜《こんざつ》で、私《わたくし》は[#「私《わたくし》は」は底本では「私《わたくし》ば」]たゞ地團太《ぢだんだ》を踏《ふ》むばかり。ふと眼《まなこ》に入《い》つたのは、今《いま》、此《この》船《ふね》の責任《せきにん》を双肩《さうけん》に擔《にな》へる船長《せんちやう》が、卑劣《ひれつ》にも此時《このとき》、舷燈《げんとう》の光《ひかり》朦朧《もうろう》たるほとりより、天《てん》に叫《さけ》び、地《ち》に泣《な》ける、幾百《いくひやく》の乘組人《のりくみにん》をば此處《ここ》に見捨《みす》てゝ、第三《だいさん》の端艇《たんてい》に乘移《のりうつ》らんとする處《ところ》。
『ひ、ひ、卑怯者《ひけふもの》!。』と私《わたくし》は躍起《やつき》になつた、此處《こゝ》には春枝夫人《はるえふじん》の如《ごと》き殊勝《けなげ》なる女性《によせう》もあるに、彼《かれ》船長《せんちやう》の醜態《しうたい》は何事《なにごと》ぞと思《おも》ふと、もう默《だま》つては居《を》られぬ、元《もと》より無益《むえき》の業《わざ》ではあるが、せめての腹愈《はらいや》しには、吾《わが》鐵拳《てつけん》をもつて彼《かれ》の頭《かしら》に引導《いんどう》渡《わた》して呉《く》れんと、驅出《かけだ》す袂《たもと》を夫人《ふじん》は靜《しづか》に留《とゞ》めた。
『もう何事《なにごと》も爲《な》さりますな。妾《わたくし》も、日出雄《ひでを》も、此儘《このまゝ》海《うみ》の藻屑《もくづ》と消《き》えても、决《けつ》して未練《みれん》に助《たす》からうとは思《おも》ひませぬ。』と白※[#「薔」の「回」に代えて「面から一、二画目をとったもの」、110−1]薇《はくさうび》のたとへば雨《あめ》に惱《なや》めるが如《ごと》く、しみ/″\と愛兒《あいじ》の顏《かほ》を眺《なが》めつゝ
『けれど、天《てん》の惠《めぐみ》があるならば、波《なみ》の底《そこ》に沈《しづ》んでも或《ある
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