]其《その》船首《せんしゆ》を左方《さほう》に廻轉《くわいてん》するよと見《み》る間《ま》に、其《その》鋭《するど》き衝角《しようかく》は恰《あたか》も電光石火《でんくわうせきくわ》の如《ごと》く、本船《ほんせん》の中腹《ちうふく》目撃《めが》けてドシン※[#感嘆符三つ、101−6]
弦月丸《げんげつまる》は萬山《ばんざん》の崩《くづ》るゝが如《ごと》き響《ひゞき》と共《とも》に左舷《さげん》に傾斜《かたむ》いた。途端《とたん》に起《おこ》る大叫喚《だいけうくわん》。二百《にひやく》の船員《せんゐん》が狂《くる》へる甲板《かんぱん》へ、數百《すうひやく》の乘客《じやうきやく》が一時《いちじ》に黒雲《くろくも》の如《ごと》く飛出《とびだ》したのである。
風《かぜ》の如《ごと》く、電光《いなづま》の如《ごと》く來《きた》りし海蛇丸《かいだまる》[#ルビの「かいだまる」は底本では「かいたまる」]は、また、風《かぜ》の如《ごと》く、電光《いなづま》の如《ごと》く、黒暗々《こくあん/\》たる波間《はかん》に隱《かく》れてしまつた。
天空《そら》には星影《ほしかげ》一|點《てん》、二|點《てん》、又《ま》た三|點《てん》、風《かぜ》死《し》して浪《なみ》黒《くろ》く、船《ふね》は秒一秒《べういちべう》と、阿鼻叫喚《あびけうくわん》の響《ひゞき》を載《の》せて、印度洋《インドやう》の海底《かいてい》に沈《しづ》んで行《ゆ》くのである。

    第八回 人間《にんげん》の運命《うんめい》
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弦月丸の最後――ひ、ひ、卑怯者め――日本人の子――二つの浮標《ブイ》――春枝夫人の行衞――あら、黒い物が!
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 あゝ人間《にんげん》の運命《うんめい》程《ほど》不思議《ふしぎ》な者《もの》はない。此《この》珍事《ちんじ》のあつた翌日《よくじつ》は私《わたくし》は、日出雄少年《ひでをせうねん》と唯《たゞ》二人《ふたり》で、長《なが》さ卅|呎《フヒート》にも足《た》らぬ小端艇《せうたんてい》に身《み》を委《ゆだ》ねて、水《みづ》や空《そら》なる大海原《おほうなばら》を浪《なみ》のまに/\漂《たゞよ》[#ルビの「たゞよ」は底本では「たゝよ」]つて居《を》るのであつた。言《い》ふ迄《まで》も無《な》く、弦月丸《げんげつまる》は其時《そのとき》無限《むげん》
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